算数や知識のように一問一答形式で唯一無二の答えにたどり着けるものを教えることは簡単です。答えが複数あるものや一概に答えは決められないものであっても、主観を交えてで良いのであれば、教えることは簡単です。
だからこそ、教えるかどうかの判断基準を大切にしています。それはその言葉を口にした人間の姿勢です。ただ答えが欲しいだけであったり、考える過程を放棄したい人間には教えようとは思いません。自分なりの答えにたどり着いた人間が確認のために聞いてくるものには教えます。「自分としては考えた結果こうだと思うんですけど合ってますか?(どう思いますか?)」。主体者が自分になっているかです。
教えられた答えはすぐに忘れます。ですが、導き出した答えは忘れません。
数学で公式をたくさん覚えさせられました。その公式に至る過程や公式の背景を理解していれば忘れませんが、単なる文字情報として覚えたものはすぐに忘れてしまいますし、また全く応用が利きません。
大切なのは答えを知ることではなく、答えにたどり着くまでの紆余曲折の中でその問題が自分のものになることです。
セミナー講師などをやったりしていると、きっかけ作りでは不満の声が多く聞かれます。映画でもわかりやすい結末でないとわからない映画だったとなります。答えが欲しくて足を運んでいる人があまりにも多いのです。答えは、きっかけとなるセミナーやそういったもののあとの「自分自身の行動」の中にあるのです。
わかりやすい答え(How to、テクニック)だけを教えてもらって、その瞬間だけモチベーションが上るけど翌日には何も実践されてないといったことをよくよく目にします。それは他人の答えがゴールになっていて自分の答えになっていないからでしょう。
教えられた答えがあるならば、その背景やプロセスを理解し、自分でも導き出せる答えにしよう。きっかけをもらったならばそれを自分に照らして考え悩み、自分の答えを導き出そう。
答えは「あなたの答え」なのです。