2006年05月10日

私は傾倒しない

私は特定の人・モノに傾倒しません。できません。

どういうことかというと、ひとつひとつの事象には心酔できても、それを発信したものの全てに心酔することができないということです。

私は学生時代に「思想史」を一応勉強しておりました。
そこで学んだことは、思想家が先か、その思想家を生み出した大衆の空気が先か、という、鶏が先か玉子が先かと同じような現象です。確かに著名な思想家の辿り着いた考え方は素晴らしいものですが、それは答えではありません。それが唯一無二の答えだというのであれば(その瞬間はその思想家はそう思っていたでしょうが)、次の思想家などはでてきたりはしないでしょう。思想には必ず矛盾が存在します。何故なら考え方は唯一無二ではなく、その瞬間、その人物、その相手・・・様々な要因によって変形・変色するからです。

同じようなことを私は日常生活でも思っています。
たくさんの出逢いの中でたくさんの考え方・判断に出会います。私はそこからたくさんのことを学ばせていただいています。尊敬できる人もたくさんいますし、尊敬できる故人もたくさんいます。ですが、私はその誰かに傾倒するということはしません。

以前にも書きましたが、人にはいいところも悪いところもあります。いいところも悪いところもあるから人なのです。そこから発せられたものには様々なものが含まれています。そして、時にそれは心酔に値する素晴らしいものであったりします。ですが、その発信源に対して「盲目的に」心酔することは危険です。

なぜなら、自分という肝心のフィルターを通らなくなるからです

出てきたものにではなくその発信源に傾倒するということは、その発信源の考え方で自分を扱うことであり、それにより自分の考え方・発信を失い、最悪の場合は他者を排除する方向になりかねません。そして、その発信源がいつの間にやら元々自分が心酔したものとは違ったものを発信しだしても気づくことができません。

たとえがあれですが、小泉首相のある政治的価値観に共鳴しても、小泉チルドレンになってはいけないのです。ニーチェに感動してもニーチェのあとを追ってはいけないのです。

やはり、どんなものでもいい面と悪い面を含んでいることを受け入れることが大切です。

そのときはいいかもしれませんが、いつでもというわけではない。誰かにとってはいいかもしれませんが、誰にでもというわけではない。

唯一無二のものを決めて生きることは非常に楽なことです。
ですが、それは楽をしているだけで、生きているとは私には思えません。
人も物事もその瞬間瞬間変わっていきますし、分からないことがたくさん含まれているから人であり世界なのだろうと思うのです。

追伸
mixiで勉強会案内メールを個人個人にまめに送っているとメール頻度高でいったんはじかれました。どうしてコミュニティ参加者全員一斉発信メール機能がないのだろう・・・。新聞配達のバイクの音がよく聞こえるお時間です。
posted by 奥田圭太 at 05:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月30日

天才型巻き込みタイプになりたい!

先日、あるコンサートに行ってきました。

もちろん故あって行ったのですが、そこで私は「天才型巻き込みタイプ」を眼前にしました。あまりの凄さに圧倒され、見事に私自身も巻き込まれ、見事に楽しませていただきました。

どんな巻き込みだったかをまず説明しましょう。

そのコンサートはパイプ椅子に座って鑑賞するものでした。全体的に静かな曲、バラードも多く、目も瞑って聞いている人もちらほらするようなものでした。年齢層もお子様からご年配の方までです。ですが、この方の登場によって場は一変します。
まず登場前のアナウンス(自身の声)で無理矢理と言ってもいいテンションでお客さんを立たせます。出てきたらすぐに手拍子を要求します。これだけ聞いているとなんて独りよがりなパフォーマーでしょう。ですが、この方には確信、強い想いがあったのです。「楽しませてみせる」と。「騙されたと思って(信じて)ついて来い」と。そのパワーは凄まじいものです。プロ魂です。

1曲目から気づいたらお客さんの顔がぱっと輝いているように見えました。
コンサートは演者とお客さんの相乗効果で成立します。演者の力をお客さんが受けて幸せになり、その幸せがまた演者を幸せにする。

私はこの方に強い憧れの念を改めて抱きました。
負けてられないな、と思いました。

私も自分の信じるように周りの人を巻き込みたい。
そして、巻き込んで巻き込んでその人たちを幸せにしたい。
それが自然にでき、周りの人も自然と幸せになれれば最高だ。
posted by 奥田圭太 at 23:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月24日

身体は正直だな〜

私は無理をすると、周りの人にすぐバレます。
何故なら、ちょっとしたことがすぐに身体的症状に現れてしまうからです。とても分かりやすい人間です。

(1)症状1:目の下のクマ
二日酔いのときは必ずと言っていいほど目の下にクマができます。寝不足と頭痛の感じが、そのまま目の周りにくっきりと現れます。
(2)症状2:顔に吹き出物
寝不足が続いたり、身体的に体調が悪いと、顔に吹き出物ができ始めます。そのまま放っておくとどんどんその数が増えていきます。ちょっとスッキリするとメキメキ減っていきます。この症状が出始めると必ず「最近寝てないだろ!」と鋭いツッコミがそこらかしこから飛んできます。笑ってごまかしてもバレバレです。
(3)症状3:腰痛
これが一番ひどいケースです。精神的に調子が悪いと腰に来ます。精神的要因なので当然病院に行ったところで、薬を塗ったところで関係ありません。診断結果も至って良好です。これが出始めたときは「休まなきゃ」と自分で強制休養します。出始めの段階で手を打つことがとても大切です。

それにしても身体というものは本当に正直です。
気づいていない精神的なことも露骨に表れます。
だからこそ非常にいい基準になります。

大切なことは
自分の状態と症状の関係を把握しておくこと
症状に気づいた段階ですぐに(心身ともに)休むこと

だと思います。

バカ正直な身体で良かったと私は勝手に思っています。

posted by 奥田圭太 at 17:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月28日

私はそんなにきれいなものなんかじゃない

ここのところ、なんとなく昔よく聴いたCDを引っ張り出してきて聴いています。

最近いろいろありまして、自分というものをもう一度見つめてみたりしています。先入観だとかタイミングだとか振舞だとか常識だとか欲求だとか・・・・・・・

私はヒトというものが大好きです。

それは欲望と理性を持っていて、とても美しく、とても穢いものだと思うからです。

私は性善説も性悪説も採っておりません。
いいところも悪いところも持っているから人間だと思うからです。
私が「嫌いな人はあまりいない」と公言しているのはそのためで、すっごい嫌だと思うところがあっても、いいところもきっとあると思っているからです。そして、その「いいところ」とか「悪いところ」なんてものは主観に過ぎないと思うからです。

ですが、ヒトは勝手に自己なるものを規定して、それを自分の正しい姿と決め付けたりします。そのくせ、他人にいいように思われたいと、他人の前の自分との矛盾にもがいたりします。自分を美しくしたいと思っているからです。
私自身もきっとそんなところが多々あると思います。

ですが、それってどうなんでしょう。
やっぱりヒトは、とても美しく、とても穢いものだと思うのです。
自分の汚さを受け入れることはとても大切なような気がしています。
そして、相手の穢さも受け入れることができればとても幸福な関係のような気がしています。

私はそんなにきれいなものなんかじゃない。

これは他人に理解して欲しいという願望ではなく、ただただ私が今受け入れようとしていることです。そして大切にしようと思っていることです。自分の大切な一歩一歩のために。
posted by 奥田圭太 at 09:01| Comment(5) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

私は女性と学生が好きだ

私は女性と学生が大好きです。

理由は至ってシンプルです。

絶対に自分にはないものがあると確信しているから

です。

女性のことはやはり最後の最後までは分かりません。理解は出来るのですが、やっぱり最後は謎です。感覚的にしっくりはこないのです。
ですが、私にはそのことがとても大切です。
絶対手に入らない視点は私には貴重この上ないものです。
そういう意味で、私は女性の方々に敬意を払っています。

学生は自分が通ってきた道とは思いながらもやはり違います。忘れてしまった大切な感覚を思い出させてくれたり、その感受性故に今という時間をもっとも敏感に感じていて、とても参考にもなります。
そして、私にはそういう瞬間がとても大切です。
消えていく視点の回復と新生は私には貴重この上ないものです。
そういう意味で、私は学生の方々に敬意を払っています。

と書いてきましたが、言うなれば、

私は自分と違う感覚を持った人に敬意を払っているのです。
そういう出会い、そういう瞬間・・・そういう視点が私には貴重この上ないのです。
posted by 奥田圭太 at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月01日

私の脳は沸騰する

私の脳は時々沸騰します。

周りの人の表現では
「奥田にスイッチが入った!」とか「脳みそフル回転している」とか単純に「興奮している」とか「湯気が出ている」とか、
やっぱり究極は「めっちゃ楽しそう」という表現でしょうか。

私は、楽しいときは思い切り顔に出ます。そのときはアドレナリンが出まくりで、半分頭の中・半分現実の中で、とんでもなくいっぺんにいろんなことを考えたり、話したり、行動したりします。全身で楽しいを表現し、それを思い切り飛躍させるべく必死になります。
それを私は「自分の脳が沸騰している状態」と言っています。

この状態に一人でなることはあまりありません。誰かと話をしているとき、何かを見せてもらったとき、まさにスイッチを入れる何かに触れたときに一気に加速します。「蟻の穴から堤崩れる」と言いますが、私の場合はそれがまさにいい方向で、ほんのちょっとしたきっかけでドバ〜と一気にあふれ出すように、アイデアが次から次へと出てきたり、アイデアが膨らんでいったり、考えがまとまったりするのです。

突然嬉しそうな顔になったとき、私は大体において脳が沸騰しています。

posted by 奥田圭太 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月31日

服が選べないんですけど!!

私は服を選びません。

買い物に行ったとしても(あまり行きませんが)めったに服を購入することはありません。購入するときも人に選んでもらうことがほとんどです。一言で言うと「優柔不断」ですが、正しく言うと「それだけ衣服に興味がない」ということです。場合によっては「着せ替え人形」状態です。

たとえば、こんな感じです。
スーツを買いに行ったとき、まずすることは
「スーツが似合っている店員さんを探す」
です。あとはその人の薦めてくれるものをそのまま買っちゃいます。

たとえば、こんなことがありました。
祇園祭を満喫しようと思ったのですが、生憎のスーツ姿。
それではと思い立ち、そのまま百貨店に行って、彼女と店員さんの
薦めてくれるがままにカジュアルな上下を購入し、そのまま着替えて祭へGO。

たとえば、こんな感じです。
ジーパンを買いに行ったとき、まずすることは
「いつも履いているジーパンの型番とサイズを探す」
です。あとはそのままレジへGO。所要時間5分です。

たとえば、こんなことがありました。
中高の友人談「その服、なんか覚えあるなあ・・・」
はい、当時の服を今でも着ています。
破れないかぎりは、よっぽど周りから突っ込まれないかぎりは、
活用しています。

そんな私ですが、最近は少しくらい「おしゃれしたいな」と思っていたりします。買い物に足を運ぶ頻度、服の購入頻度は間違いなく格段に増えました。
ただ・・・

「自分で選んで買う」ということは未だに気配もありません。

posted by 奥田圭太 at 19:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

私はチケット屋である

私の趣味は劇場文化を鑑賞することです。
具体的にはライブ・コンサート・演劇・歌舞伎・演芸・能狂言・映画・・・
そして、
それらの鑑賞権利(チケット)を確保することには自信があります。

本日、私の先輩の婚約が発表されました。
その場に呼んでいただいていたのですが、東京から戻れずに参加できませんでした。ただ、電話参加で非常に嬉しいお言葉をいただきました。
「美女と野獣を活用させていただきました」
私が一度、公演ぎりぎりに半ば強引に劇団四季「美女と野獣」のチケットを2枚手配したことがあります。そのときがきっかけで愛が始まったというのです。素晴らしいことです。なんか、こっちまで嬉しくなります。
そのチケットは本当に公演1週間前ほどで人気公演でもあったため実質完売。良席の獲得に苦労しましたが、特別な日とうかがっていたので、なんとか伝手をあたって手に入れたものでした。「自信あります。いつでも取れますよ」なんて言ってた手前、やるしかないという使命感もあったのです。まさか、その努力がこんな結果として現れるとは思いもしていませんでした。

私はチケット屋です。
自分が行きたい公演はもちろんのこと、他人様からご依頼いただいたものでも、あらゆる人脈とあらゆる手段を使って、鑑賞権利を手に入れます。
そのことに妙に情熱を燃やしたりします。

※注意書き
チケット屋という言葉は誤解を生みそうですが、もちろんいわゆるダフ行為、オークション出品、転売による利益獲得は一切しておりません。よく噂に聞くダイヤル機のような機材類も一切使っておりません。本当に必要なチケットを必要なだけとる行為の積み重ねが今のチケット獲得ルートを作ってきました。
posted by 奥田圭太 at 23:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

私は運がいい

私は運がいいです。そして、運がいい人が好きです。

こういう書き方をするとたまに努力家さんの反感を買ったりするのですが、それでもやっぱり「運がいい」ことはとても大事だと思います。表現の問題だと思いますが、私にとっての「運」とは、手に入れるものです、信じるものです、つかむものです。そして、それをわかっている人が、それに感謝できる人が、私は好きです。

そんな私に強い味方ができました。

霞ヶ関はある省庁の忘年会に参加させていただきました。そこで松下電器にお勤めの方にお会いさせていただき、こんなお話を聞いて、感銘を受けるとともにちょっと嬉しくなりました。

松下幸之助さんのお話です。
松下政経塾の入塾面談で必ず「あなたは運がいいと思いますか?」と聞かれる。そして「運がいい」と答えた人が入塾できた。松下幸之助さんはそこだけで判断していた。と。

どこまでが本当でどこまでが伝説化していてどこまでが作り話か、私は知りません。それでも私にはやっぱり大切なことです。

私は運がいい。とても運がいい。
少なくとも今は確信しています。
そしてきっと言い続けます。言い続けたいです。
「私はとっても運がいい!!」
posted by 奥田圭太 at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月08日

至福のときは自分で作るべし

私にとって至福のときは
全てを忘れて映画を観ているとき
です。

今日は久しぶりに早めに仕事を切り上げて、家に帰ってきて映画を1本ゆっくりと観ました。ホームシアター大活躍です。観終わった後の「なんともいえない感覚」で幸せと同時に「忘れてたかもしれない」という恐怖に包まれました。最近忙しいを理由にこういう時間をとっていなかったことをすごく後悔しました。

「たった」2時間程度のことなのに・・・。
そうです、その「たった」がとても大切なのです。
そして、それは「作らなければいけない」のです。

心身ともに軽くなりました。
きっとまた頑張れます。

一週間に2度程度はこういう時間を設けようと思います。
そうです、「強制」してでも設けます。
そして、それは「絶対に必要なもの」なのです。

本当に痛感しました。
なにもかもが全然違います。

自分にとって必要な時間は絶対作らねばなりません。それが心身ともに支えてくれます。きっと。
posted by 奥田圭太 at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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