直筆のお手紙をいただくことがあります。本日、その一通が私の前に現れました。
直筆のお手紙というものは今の世の中では非常に出くわすことが難しい代物になっています。皆さんは直筆のお手紙というものを年に何度お書きになりますか??「年に」という質問自体がこの存在の少なさを想定しているものです。
出会うことが極端に少ない直筆のお手紙。非常に稀なものですから、その分インパクトがあります。嬉しさと重たさの両方を見事に兼ね備えています。文字を書くために取ったペン、紙に向かうという珍しい行為、いつにも増して真面目なことをしたためる言葉の選択、何よりも直筆にせざるを得なかった募る想い。それらを想像すれば、わざわざ私のためにというありがたく嬉しい思いと、そこまで伝えたいものが記されているという緊張感が走ります。
ここまできて、いつもよりもゆっくりと、とてもゆっくりと読ませていただきます。
想いには必ず想いが返ってくる、と私は信じています。それこそが出逢いの素晴らしさであります。一方通行ではなく、作用反作用こそが素晴らしさなのです。
直筆のお手紙というものには想いが詰まっているものです。
それは私の想いへの返信です。それらを噛み締めながら、伝わることはやっぱり伝わるんだな、伝わる人にはやっぱり伝わるんだな、と「伝わる」という力に感動を覚えます。
それは彼の想いの発信です。それらを噛み締めながら、言葉ってすごいな、意志をこめるって大切だな、と「伝える」という力に感動を覚えます。
直筆のお手紙というものは今の世の中では非常に出くわすことが難しい代物になっています。皆さんは直筆のお手紙というものを年に何度お書きになりますか??直筆のお手紙というものに特別なものを感じるのは私だけでしょうか。
追伸
K君、君は先日誰かからお手紙をもらって泣いていましたね。その行為をそのまま私に回してくれました。きちんと受け取りました。次は私が改めて伝える番です。
2008年05月09日
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