2008年01月31日

そこにはただ鉛筆が転がっているだけ

パソコンの利便性を憂う。そんなタイトルでエントリーしようと夕方まで思っていました。

自分の部屋にいるとどうしても勉強に集中できない、という経験はありませんか。それはたくさんの誘惑(遊び道具やその他の趣味グッズ)がそこら中にあって、気軽に過ごしやすい素晴らしい環境が部屋にはあるからで、勉強していてもそれらに目が行くからです。それと同じように、最近のパソコンにはあらゆるものが詰め込まれています。デスクトップを見るだけで、仕事に遊びにちょっと気になることまで散りばめられています。あげくに無線LANなんぞは勝手につながっていつでもネットサーフィンやメールができてしまいます。非常に便利ですが、何をやっていても嫌がおうにも他のものが目に付いてしまうのです。あまりに簡単に別のことに移行できてしまうのです。

とても書きたいことがたまっていました。書きたいという気分でした。それは仕事でも遊び・趣味でもなく、極々私的なことやどうカテゴライズしていいかわからないものでした。思い切ってパソコンに向かったのですが、そこには仕事や遊び・趣味のものが目に付いて、結局そっちが気になって手がつかなかったのです。

利便性の呪縛が全てを中途半端にしたのです。目的別にパソコンを分けるべきだと思いました。それも夕方までのこと。

そこに黒い鉛筆があります。真っ白な紙があります。

いつの間にやら視野が狭まっていました。手段を勝手に決め付けている自分がいたのです。モノを書くのはパソコンである必要はないのです。いつの間にか鉛筆でモノを書かなくなった自分がいただけなのです。自分の手で自分の文字や絵を書かなくなっていただけなのです。

真っ白な紙に向かって、鉛筆を手に握り、静寂の中でカリカリと音を立てて、それだけに没頭したいと思います。書きたいという気分があり、書きたいものがあり、それを自分の文字で書き刻む。その感触をもう一度思い出したいのです。それには格好の機会が今あるのです。
posted by 奥田圭太 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 四方山話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/81511017

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。