2007年05月31日

頑張る批判

頑張らない人は周りに助けを求める。頑張る人は頑張ることに夢中で周りに助けを求めることができない。どっちもどっちでしょうか。

頑張らない人は周りに助けを求めるが故に、できないときに助けがなかったからだと他人依存で責任を転嫁します。
頑張っていないという点において、できない以前に「していない」のです。頑張っている「つもり」も同じです。やらずにできなかったとやってみたができなかったでは大きな違いがあります。明日やろうという言葉は、今することを24時間放棄するとともに今やれば改善できたことを24時間放置したことと同じです。
また、頑張っていない人を誰が助けるでしょうか。自分でやりもしていない人が助けを求めてきても「自分でまずやれよ」が人間の心情でしょう。

頑張っていないということは、それだけで「していない」であり、周りも「してくれない」であり、「できない」を放置しているだけなのです。

頑張っている人は自分あるいは目の前にある事象に必死であるが故に、盲目になって周りが見えず、できてもできなくても自分だけの責任としてできないことができるようになりません。
ですが、ここには前述しているように先ほどと大きな違いがあります。やろうと「している」点において大きな違いがあります。すでに行動しているが故に壁が見えてきます。壁が見えるということは課題が設定できるということです。次から次へと課題設定できるということは「どうすればできるか」は見えるということです。
ただし、その「どうすれば」がわかっても「できる」とは限りません。そのときに周りを見渡せればいいのですが、必死すぎた場合、それが困難になります。
それでも必死に取り組んだ場合、多くの場合ができてしまったりします。一つはこのことを知っていて、課題が乱立したときにふと冷静になれる場合です。このときは周りをうまく使うことができます。何故ならどうすればできるかが見えているからです。そして、もう一つが「周りが助けてくれる」です。これも前述の通りです。目の前で必死で頑張っている人がいれば助けたくなるのが人間の心情なのです。自然と支援者が付き、気づいたらできているのです。

頑張っているということは、行動を「している」であり、周りも「してあげたい」であり、「できる」に向かっているということです。
posted by 奥田圭太 at 00:31| Comment(4) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
心に沁みる日記になりました。
(実は奥田さんのブログ記事をいくつか保存していたりします(笑))
まずは本当に頑張ります。
Posted by あらい at 2007年05月31日 01:27
>あらいさん
保存しなくても履歴消したりしませんよ(笑)
お手紙が届いたようでなによりです。
Posted by けいた at 2007年06月03日 23:33
夜中一人オフィスで仕事中に行き詰ってふと息抜きに除いてみたら。

ちょっと、目が潤んじゃいました。
ちゃんとがんばります。
Posted by もり at 2007年06月07日 01:44
>もりさん
コメントありがとうございます。
これからもこのブログを息抜きにご覧いただければ幸いです。
目が潤むものが書けるかは分かりませんが・・・がんばります。
そう、がんばりましょう!
Posted by けいた at 2007年06月08日 16:21
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