2006年11月29日

未知力の話

未だ知らないが故に発揮される力があります。

しかし、それは発揮されるのではなくそもそも備わっていた力であり、ある壁が障害となって備わっていないと思われていたものに過ぎません。

多くの人は未知なるものに遭遇すると否定から入ります。それは間違いなく未知という点においてすでに困難であるからです。「知らない」「経験したことがない」というだけで充分に恐怖であり、大きな壁に思えるのです。ですが、やってみなくてわかるものか!と考えられる人もいます。この違いは一体何でしょうか。

そこには、誤解を承知で言うならば「若さ」が存在します。この若さというものは次の二つが含まれています。(1)失うものの少なさ(2)柔軟性、です。

(1)失うものがないが故に飛び込むことが出来ます。チャレンジすることが出来ます。恐れを知らない、なんて言われるものです。
(2)想像力が定型化されていないが故に未知なるものでも「ありえるもの」と受け入れることが出来ます。その柔軟性があれば、ありえるものとして、どうしたらありえるのかを考えることが出来るのです。

この二つを持っていれば、未知であるが故に逆に大きなパワーが発揮されます。「知っているもの」「経験したこと」による制限やとらわれから解放され、無心で全力投球できるからです。知らないからこそ全力を発揮することが出来るのです。

成長の指標の一つである「出来るようになった」というのは、経験によりできるようになったという付加していくものと、自分の中の壁を取り払うことでできるようになったという除去していくものの両面があると思います。

最近、バリュークリエイトのインターンシップ生の成長を見て思います。彼らにはできるだけ「できないと思っていただけ」という経験をしてもらいたいと思っています。その経験をしたインターンシップ生の成長には目を見張るものがあります。その経験をしたものは「できないと思う」ことの無意味さを知ったからです。

私は誤解を承知で「若さ」という言葉を使いました。ですが、よく考えてみてください。未知なるものにチャレンジしたくらいで失うものなど普通はほとんどないのではないでしょうか。(1)失うものの少なさというのは若さの特権でもなく、未知なるものに対するという点においてはほとんどの人が当てはまるのではないでしょうか。
そして(2)柔軟性です。これこそが「アホになれ」というものです。
これが難しかったりします。そして、これができる人が、非常に成長の早い人であったりします。このことはまた書きたいと思います。

未知なるものへの挑戦。失うものなどそうあるものではありません。
だから。無心で必死にやってみてから考えればいいのでは。と私は思うのです。
posted by 奥田圭太 at 14:51| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ。またもや,
なるほどぉ〜って感じでうす

僕の最大の武器は
「失うものがない」なのかなって思いました。

まだまだ,僕は「若い」です。
恥と失敗を重ねることができるめぐまれた環境にあります。
アグレッシブにチャレンジしなきゃな
って思いました。

未知なるものへの挑戦。
チャレンジする気持ち。

忘れてました。このスピリット。
いやぁー
いつも勉強なりまっす。
どーもでした。
Posted by itotani at 2006年11月30日 00:28
>itotaniさん
成長する人を見ているのは楽しいです。
一方で「負けてられないな〜」と
頑張れたりもします。
やっぱり年齢のせいにしちゃいかんね!
なわけで、下にも上にも負けたくないね!(笑)
Posted by けいた at 2006年12月02日 15:45
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/28532068

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。