2006年09月25日

残されたものの叫びを聴け

ある目的があるとします。その実現に向けて短期的な目標があるとします。

目標を達成するためにはあらゆることをしなくてはいけません。考えられる範囲、想像の範囲、飛躍の範囲、チャレンジの範囲・・・、やれること、やらなければいけないこと、やりたいこと・・・、目白押しです。

そして、その短期的な期間を終えたとき、結果というのが出ます。

その結果には、目標達成という「成功」か目標未達という「失敗」のふたつで語られることが多いです。そして「失敗」であったときは、その原因追究が進められます。追究できたときはそれが「次」に活かされます。

ですが、その「失敗」の中身をよく考える必要があると思います。

やりきった末での失敗か、それともやり残したことがある失敗か。

この違いはとても大きいです。後者では次に前者を経験する可能性が残るからです。前者であれば、次は違うことがきちんとできます。原因の追求も可能です。ですが、後者では結局「やらなかった」ことが原因であり、目白押しの中身の検証はできないのです。何が良くて何が悪かったわけでもなく、達成できたかどうかでもなく、単にやらなかっただけです。もはや「失敗」とさえ言えません。やると決めたこと、目白押しをやり切らなくて、そもそも達成できるわけがないのです。達成するためにやることだったはずなのですから。

やり残したことがある。それはもう一度やるしかないということになります。それは完全に1回分を失っただけです。一歩を踏み出したわけでも進んだわけでもなく、単なる時間の経過です。「次」が来るのではなく、「元」に戻るのです。

今日も残されたものたちが叫び声を上げています。
それを必ず拾い上げ、目標達成のためにやり遂げましょう。
やり遂げなければ、「次」はありません。
posted by 奥田圭太 at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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