2005年12月26日

京都の伝統に思う3〜職人と経営〜

伝統産業はどのようにして残るのでしょうか。
伝統産業はどのようにしなければ残らないのでしょうか。

このことをある程度明確にするきっかけにならないかと2日間を設けたと言っても過言ではありません。つまり、全ては仮定から始まりました。
日本の伝統産業は実は気づいていないところで発展しているのではないか。たとえば、この素材は日本の伝統技術を使っています。(ある最先端技術には伝導性や耐久性の理由で和紙が活用されています。)(ある最先端技術で活用されている潤滑油は日本の江戸時代から続く油です。)たとえば、この最終工程は伝統産業を担ってきた職人にしかできません。(ある最先端技術の会社はフルオートメーションですが、最終工程で職人が手作業で削りを入れます)そのようなものはもっとないかということです。

そして、実際に見て、話を聞いてみた私なりの見解です。

職人と経営者を明確に区別しない限り産業界に伝統は残らないであろう。

不況と言われる伝統産業のほとんどが職人さんの延長が経営者です。つまり技術の話はいくらでも出てくるし、こだわりもあるが、資本主義を嘆くだけです。なんとか生き残ろうという経営者意識はあるものの、どうしていいかわからないという経営者です。前の章のARTとINDUSTRYと同じ理屈です。技術を高めることでしか生き残る術を知らず、時代性や変革性には及ばないのです。
こうなってくるとマーケット次第です。マーケットが、需要がなくなればなくなるしかないのです。マーケットが技術の向上よりも効率化・コストダウンを求めれば海外に拠点が移ります。

伝統産業が生き残る道は、職人が経営者に身を委ね、伝統技術として生き残るしかないのです。

職人が最先端技術研究者のように大手企業の一部門を担う。有能な経営者が伝統技術の変革、新たなるマーケットでの活用を発展させる。有能な経営者がマーケット規模を把握し、最適化を実現する。

ARTとしての伝統技術をここでは考えないとしたとき、あくまで今回の趣旨にのっとって伝統「産業」というINDUSTRYを考えたとき、私なりの今の結論と葛藤はこのようになります。

そして、このことに早く気づかなければ、産業の中で人間にしかできない技術が継承されずに消え行くことをただ憂うばかりです。


posted by 奥田圭太 at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 特集コラム:伝統 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。