2013年10月01日

物件との出逢い

その物件は突如として現れました。

私が懇意にしている社長様に行政に行ってきた感想を日常会話の中でしていました。私がやることにはなんでも親身になってくれる方でこのときも「そうか〜、面白いけど大変やなあ。大型の物件なんてどこにあるかなあ」と真面目に考えてくださりました。そのときはお互い不動産畑でもないので、ましてや古民家となればなおのことで雑談の域を出はしませんでした。

ところが数日後、突然その社長様から連絡が来ます。「すぐそこに大型の町家があるみたいで、売りに出るかもって聞いたで」と。灯台下暗しでしょうか、京都オフィスから本当にすぐの場所でした。外観を見ただけで私は運命を感じてしまいました。

しかし、このときはまだ、大型物件で何かできないかと考え始めたばかり。購入するには億単位の資金も必要ですし、借りるにしても改装費も莫大、そもそも借りて何をするよ!?という状態です。それでも運命を感じてしまったのです。市内の中心地ですから、売りに出てしまったら不動産業者が買ってマンションかホテルにでもなってしまうではないか。そんな危機感もあってすぐにTに連絡し、資金のことなど考えずにその物件を押さえるために動くことに決めました。

それから伝手を頼って不動産会社通じて物件の内覧をさせていただき、これまた偶然の伝手が表れて物件所有会社の代表者様に直接プレゼンさせていただく機会も得ました。ここからは縁故だけでどんどんとつながっていき、当初懸念していた問題も忘れてしまうくらいにその物件に吸い寄せられていきました。関わる人それぞれが運命を勝手に感じていたに違いありません。

私はこの物件を初めて内覧した日を今でもはっきり覚えています。2012年12月のことです。

表からは想像もつかない奥行。そして鬱蒼とはしていたものの立派な庭。ただまっすぐに伸びる小路。表から廊下を伝って庭に抜けるまでのその風が抜けていくのを肌で感じる1階。2階の和室から見下ろした岩戸山の風景。そのすべてが貴重であり愛おしいものでした。
posted by 奥田圭太 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | The terminal KYOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物件選びの勘違い

思い起こせばちょうど1年前です。

2012年10月頃、Tと私は「いい歳になってきたし、そろそろ京都に何か恩返ししないとな」というのが口癖になってきていました。お互い事業ではそれなりに飯は食べられているし、純粋に京都で何かに取り組みたい、そんなことを漠然と考えていたとき、Tから「町家守れないだろうか」という言葉が発せられました。この言葉がきっかけで2012年11月からこのプロジェクトはスタートします。

当初、私たちが考えていたのは狭小物件など空き家として放置されている物件を我々の資金で復元して「長期宿泊型(生活型)旅行プラン」を提供するというもの。その旅行代金を町家持ち主とシェアするというものでした。空き家になって放置されているものはどんどんつぶされて景観も何もボロボロになっていく、そこを自分たちで何かできないか、と思っていたのです。

しかし、この短絡的思考はすぐに覆されました。2012年11月に行政機関などにヒアリングに行ってみると、大型物件にこそ困っているというのです。理由は(1)狭小物件は言っても規模が小さいので改修資金を行政としても助成できる規模(2)狭小物件は規模が小さいので流通しにくい。転売しても買い手が付きにくい。そのまま使えない、壊して建て替えるにも狭小で用途が限られる。というものでした。他方で(1)大型物件は行政で助成するにも規模が大きく、結果的に所有者負担が大きい(2)大型なので土地価値として流通しやすくマンションや駐車場にするなってしまう。というものでした。事実、大型物件ほどなくなっていっているのです。

大型物件ほど所有者が困っていて、行政としても支援しきれない。じゃあ、私たちでやろうじゃないか。

ここから私たちは考えを一新して理念から事業プランからすべてを白紙に戻して考え直します。併せて行政だけでなく民間の方や京町家を実際にご利用の方や工務店の方にもヒアリングを実施します。

そして、まだ漠然としていたとき、物件は突如現れます。
posted by 奥田圭太 at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | The terminal KYOTO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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