2008年05月03日

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」

アメリカ版大河ドラマ。

壮大な歴史小説(時代小説・伝記など)を映画の尺に納めようとしたら、あれもこれもで結局背景だけ壮大な、うすっぺらな表面しか表現できなかったという典型的な原作小説ありきな映画。時代背景が奥深い、役者は一代を演じる中で分厚い演技を全うしているにもかかわらず、何もない映画に貶められています。

1900年代初頭の石油に一攫千金を夢見るアメリカ市民。その中で強靭に生き抜き成功を収めた一人の男の、得たものがあるぶんだけ失ったものも大きいという一代記。得れば得るほど不信と孤独を獲得するというもの。

それにしても主演のダニエル・デイ=ルイスの齢を重ねていく演技と壮大なセットは良い。飛び交うお金の話が現代価値でどれくらいかわからなくてリアリティは欠けたものの、それを補うだけのリアリティがそこにありました。

残念だったのは、無駄なシーンの多さと無駄なカットの多さ。結局全部撮ってみて、どれも捨てる勇気がないから無駄に長くなってしまいました、といった印象。ワンカットだけ見れば奥深く、終わってみれば薄っぺらかったようです。

■作品概要
題名/「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(原題:THERE WILL BE BLOOD)」
2007年/ アメリカ/ウォルトディズニースタジオ モーションピクチャーズジャパン
監督・製作・脚本/ポール・トーマス・アンダーソン
原作/アプトン・シンクレア
出演/ダニエル・デイ=ルイス ディロン・フレイジャー ポール・ダノ ケビン・J・オコナー キアラン・ハインズ
会場/京都シネマ
一攫千金を夢見るダニエル・プレインヴューは、幼い1人息子を連れて石油の採掘を行っていた。ある青年から、「故郷の広大な土地に石油が眠っている」と聞いた彼は、パートーナーのフレッチャーと共に米西部の小さな町、リトル・ボストンに赴き、安い土地を買占め、油井を掘り当てる。しかし、油井やぐらが火事になり、幼い息子は聴力を失う。精神に混乱を来した息子を、プレインビューは彼方の土地へ追いやってしまう。(goo 映画)


posted by 奥田圭太 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(2) | 本・映画・舞台・ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

眠れぬ夜の過ごし方

私は複数のことを同時に考えていることが多いようです。これは自他共に認めるところです。そして、今日のように寝る前にそれが沸騰し始めると睡眠に大きな影響を及ぼします。

考えることにはもちろん前向きなことも後ろ向きなこともあります。喜怒哀楽の様々なものがあります。楽しいことや前向きなことが複数頭に走っているときはそのまま楽しい気分のまま眠りに落ちます。逆に怒りや面白くないこと、後ろ向きなことばかりが複数は知っているときは「考えることが多すぎて逃げたくなるだけ」状態になり、これまた恐ろしいほどあっさりと眠りに就きます。

ところが、その両極端なものが混在するときがやっかいなのです。気持ちが両極端に触れてしまってどちらにも落ちてしまえないのです。そういう時は本当に眠れなくなってしまいます。

そんなとき私は、部屋の掃除をしたり、名刺やメールの整理をしたり、自社運営サイトのチェックをしたり、いろいろなものの設定をしなおしたり、単純入力作業だったり、事務作業に没頭します。それこそ思考停止にするのです。

それによって睡眠に至るのかというとそうではありません。あくまで停止なので、作業をやめて眠りに就こうとするとまた活動再開します。

それでも作業をします。こういった時間に作業を積んでおくといざというときにけっこう役に立つものなのです。こういうときに整理しておくとわざわざ整理の時間を設けなくていいので効率的でもあるのです。また本来消極姿勢をもって避けている作業というものに対して、こういうときは積極的に作業に飢えているので集中力も違います。そして何よりも作業は仕事のベースを作ってくれるのです。

眠れないときは無理して眠らない。そういうときにこそ思考は停止させて寡黙に作業に没頭します。
posted by 奥田圭太 at 04:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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