2008年02月08日

成長三段論法

題名の強引さもさることながら、少し思い切った基本法を論じてみようと思います。

自分というものの度量を増やしていくにはどうすればいいか、誰もが試行錯誤していることと思います。断言できることは突然変異はなく、全ては蓄積されていくものです。仮に突然変異とおもわれるようなものがあったとしても、蓄積が突然顔を出した必然なのです。そしてその蓄積の先にもう一つあるのです。

STEP1:与えられたものをきっちりと返す
まずは受動的筋トレです。何が一番成長につながるかわからないのですからまずは与えてくれる人を信じて筋トレです。大切なことは価値があるかを簡単に決め付けてしまわないことです。一見無駄に思えることも、退屈なこともだいぶ先になって大きな効果を生むことがあります。これが突然変異と思われがちなものです。

STEP2:奪ったものをきっちり返す
ここは伸ばしていきたいと効果的に思えるものが出てきたとします。そのときはそのことに関して奪い、自分に負荷をかけていくのです。すなわち能動的筋トレへの移行です。勘違いしてはいけないのは、これが受動的筋トレをやめていいということではないということです。受動的筋トレの上に能動的筋トレが付加されるから効果があるのです。

STEP3:上を使う
ついにその先です。自分だけでできることは限界があります。自分で二役を演じることはできません。必ず一緒になって取り組んでくれる必要があります。それが相乗効果で結果と成長につながるのです。自分よりも目上の人をどんどん使うのです。それにより自分ができること以上のことを経験していくのです。その自分ひとりでは接することのできない機会(自分の枠を超えた機会)を捉えていけるかが、大きな差を生んでいくのです。

基本は筋トレです。基本の反復です。基本なくして突然変異はありません。基本があるからこそ、個性を発揮していき、更にその枠を飛び越えた世界を創出していくのです。
posted by 奥田圭太 at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第16回「びびこむ」終了のお知らせ

第16回「びびこむ」も無事終了しました。

今回のテーマは・・・『スーツ、ちゃんと着てますか??』でした。

初の学生正式登壇。今までも学生さんが前で話すことはよくあったのですが、今回はゲストスピーカー、先生役です。前回突然決まった企画に1ヶ月間よく勉強して挑んでくれた綿谷先生に拍手です。

suit01.JPG  suit02.JPG

テーマに合わせて参加者がみんなスーツです。初めての光景です。ディテールを一つ一つ見比べながら、そこにはそんな意味や由来があったのか、こんな種類があるのか、などを発見していっています。知らないことのほうが多かったので面白かったです。何人かが「明日スーツ買いに行きたいな」なんて発言していたのも面白かったです。

最後に、これに関して参加学生さんから告知もありました。
大学生が間違えたスーツ選びをしないためのサイトです。是非一度ご覧ください。
http://www.spt21.com/

なお、最新情報は携帯サイト「びびこむ」でご覧ください。「メルマガ登録」していただけるとなお喜びます。

2008年02月06日

田舎と都市部からの風景

先日、実家周辺、いわゆる自分自身のことを「じもぴー」とのたまってしまえるようなエリアをゆっくりと目にする時間がありました。私の出身地は田園風景も拝めたりするような面積も小さく人口も少ない田舎町です。とはいえ、交通の便は悪いものの閑静な住宅街や物流拠点を有しているため雇用もあり、比較的人気のあるエリアでもありました。

そんな実家周辺で、多くの馴染みの店が閉じておりました。苦境の中で年を越すことを断念したところが多かったのでしょう。味は確かな店の数々が閉じられていて非常に寂しい思いをしました。さらに、更地が目立ち始めました。住宅街では売り家を求める人が列を成していたこともあったのですが、いつの間にやらここ1年ほどで売り地が出ても即買い手がつくという状況でもなくなっていたのです。いつの間にやら高齢化も進み、静かな町になっていくのでしょう。

オフィス街・繁華街に戻ってきました。いわゆる「街中」です。たくさんのビルが建っています。ここ数年で建築ラッシュがありました。そのラッシュ時に建ったオフィスビルに私たちは入っています。

分譲マンションの販売がぴたりと止まっているようです。予想通りのプチ土地バブル崩壊とマンション・テナントオフィスの供給過多がやってきました。どこもかしこも利用者不在の蜂の巣です。きれいな分だけ余計に空虚さが際立ちます。賑わいと空虚さの混在がなおのこと不在を強調することでしょう。

どちらもすぐそばで起こっていることです。人が失われていく地域も人が集まってくる地域もどちらも「不在」が目立っています。

posted by 奥田圭太 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 四方山話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月05日

スカッシュ1日目

2月から「スカッシュ」を始めるぞ、と意気込んでいたわけですが、本日その第1回を実行しました。

スカッシュ(Squash)
中央にネットがなく四方壁に囲まれたコートで、二人のプレーヤーが床だけでなく壁に対してもラケットでボールを打ちあうスポーツ。一九世紀にイギリスで考案、1970年代以降アメリカで流行。   
                        (出典:三省堂提供「大辞林 第二版」)

コートはもちろんのことラケット・ボール・シューズを全てレンタルし、いざ出陣です。

実は一緒に行ったSも私もルールも何も知らず、スカッシュといってもイメージのみ。最初にイメージと違ったのが、そもそも道具です。テニスをイメージしていたので全然違います。ラケットはテニスとバドミントンの間のような感じです。そしてボール!!これが最大の驚きです。小さな小さな黒い球で、ゴルフボールより少し大きいくらいです。そして・・・全く跳ねません。そのボールのおかげで全てが大変でした。

壁に当たってもあまり跳ね返りません。何より大変なのかワンバウンドです。テニスや卓球をイメージしていては100%空振りです。はるか下をボールが転々と転がります。体勢を低くして、低い位置からラケットを押し出すように打ち出す必要があるため、長身の人ほど腰カラ下半身に負担がかかります。

とはいえ、慣れてくると少しずつラリーができるようになりました。「最も激しいスポーツの一つ」という先入観を与えられていたよりは軽やかに笑いながら楽しめます。とはいえ、1時間(休憩1回)で汗だくになれます。自分たちのできないぶりに談笑を交えながら前へ後ろへ横へ・・・新鮮で楽しかったです。

終了後にも衝撃が待っていました。私たちの次にされた男女ペアが走り回ることもさほどなくサクサクとボールを飛ばすではありませんか。力ではなくキレ、当てるところなのだと教わります。そしてその男性、なんと71歳(今年72歳)でした。見るからにお若く、動きは更にお若く・・・。いろいろな方に出会える機会でもあるのだと楽しみも増えました。

さて、明日の筋肉痛が楽しみです・・・。次回は再来週・・・見込み。
posted by 奥田圭太 at 19:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大企業とベンチャー企業の違い

就職活動中の学生さんからこの質問がやたらと来るので書こうと思います。本当は自分たちで活動を通じて実際に肌で感じて欲しいので、私の感じた一例だけ書くことにします。

ある製品を組み立てる工場のラインを想像してください。

ある製品を組み立てるには、設計図に則って、たくさんある部品を必要な場所に置いていかねばなりません。ボルトを締めたりと作業もたくさんあります。工場のラインで見れば簡単そうですが、それはラインが完成しているからです。

ベンチャー企業では、大げさに言えばそれらを全て自分でやらなければなりません。製品の設計から、部品の調達に、部品を必要な場所において、ボルトを締めたりする作業・・・それら全てです。またそこにスピードを求められます。結果としてプロジェクトの最初から最後まで携われますが、それほど大きかったり複雑なプロジェクトはとてもじゃないですが自分だけではできません。

一方、大企業では、大げさに言えばそれらのどこかだけを担えば製品は完成します。ボルトを一つ締めれば、あとは他の社員や機械がやってくれます。場合によってはそのラインを効率的に回すことを考える側に回るかもしれません。結果として仕組みができているから物事が進みやすく大きく複雑なプロジェクトに携わることが可能ですが、プロジェクトの断片にしか携わることはできません。

これだけだと、ベンチャーは大変だけどやりがいがある、大企業は楽だけど面白くない、と短絡的に考える人がいます。ですが、少し角度を変えて考えてみてください。ベンチャーではしょうもない作業に追われて肝腎の時間は削減されますが、大手ではしょうもない作業は機械がやったりすでに効率化されていて時間があるのでいろんなことに取り組む時間があります。あるいはベンチャーはスピード重視で手続きが簡易なので物事が早く進みますが、大企業は組織の防衛本能で内部手続きばかりに手間がかかり物事がなかなか進みません。

結局はどちらも一長一短です。結局は働く姿勢なのです。働く場所ではなく、働く人の働き方なのです。どちらに行ってもその強みをうまく活かせればやりがいも面白さもあるのです。

追伸
去年はベンチャーの話を聞きたがる人が多かったのですが、今年はやたらと大企業の話を聞きたがる人が多いですね。去年は今の私のことを聞かれ、今年は昔の私のことを聞かれます。
posted by 奥田圭太 at 03:31| Comment(3) | TrackBack(0) | コラム:就職活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

JOBかCOMPANYか、それとも第三の・・・

就職活動・転職活動で最後の決断をするとき人が拠り所にするものに「Job」という考え方と「Company」という考え方(厳密にはもう一つ「Vocation」という考え方がありますが日本ではあまり一般的ではないようなので省略)があります。

Job:そこで一体どんな仕事をさせてもらえるのか。明確な仕事・業務・作業のイメージができ、その仕事を請け負うために就職する。
Company:どんな会社で仕事をするのか。実際の業務よりも、社風や一緒に働く人、会社の考え方などに共感して就社する。

一般的に理系や専門職を目指す人がまずJobから入り、文系や総合職を目指す人がまずCompanyから入ると言われています。どちらも大切なことなのでバランスと考える人も多いと思いますが、もっと重要なことは、この二つの考え方の拠り所が大きく違うということ、そして最終決断はどちらかに拠り所を求めるということを理解しておくことです。違いを意識せずに混同してしまっていてはいつまでも軸が見つからず、五里霧中の中で混乱したまま結論を出すことになります。そういう結論は拠り所を持たず、入社後の苦労に立ち向かう初心がないことになります。

JobもCompanyも大切です。しかし、入社後どちらかにギャップが生じたときに拠り所がなければたちまち破綻するのです。Jobであれば社内環境は厳しいがやりたいことをさせてもらっている。Companyであれば仕事は大変だが楽しい雰囲気で乗り越えていこうと思っている。という姿勢があればギャップを埋めていくことができるのです。

私は間違いなく新卒で入社した銀行に対しては「Company」だったのです(詳しくは→コチラ)。銀行だからではなく、そこだから入社したのであって、銀行業務への関心は重要ではなかったのです。そのことが私の銀行員生活を豊かなものにしてくれた根底です。

今、あなたが就職活動・転職活動において企業を見る目はどちらですか?

どちらから見るかで就職活動・転職活動のやり方は大きく変わります。そもそも入り口が違うのですから、探していく過程ももちろん変わるでしょう。視野角が大きく違うのです。

仕事は生活の一部です(これまた詳しくは→コチラ)。だからこそ仕事にも生きがいを感じて欲しいと思います。そしてその仕事に生きがいを第一義的にもたらすものはJobという考え方の支えやCompanyという考え方の支えであったりするのです。
posted by 奥田圭太 at 16:10| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム:就職活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

週末過ごすほんのうた展

土曜日午後から、金曜日一日がかりでY君と仕上げてフォームを基にチャレンジスタッフ1号と彼の企画を一つの形に仕上げ、日曜日は午前中を使って書きものに再度取り組みました。やはり、頭の中で紙に落ちるものがリンクせず、ドキュメント能力の低さを痛感しています。だれか、頭の中を文字や絵にするのを手伝ってくれないかと本気で思ったりしています。

さて、文字や絵ということで、大垣書店烏丸三条店にて「ほんのうた展」を偶然訪れました。

「ほんのうた展」
開催期間 1/31(木)〜2/11(月・祝)
開催場所 大垣書店 烏丸三条店
毎年開催されている京都造形大学情報デザイン学科研究室の学生による創作絵本の展示会。本屋の中で読むという企画で、書店の一角に普通の販売本と同じように陳列。訪れた人は自由に手にとって中身を見ることができる。

京都造形大学の学生といえばものすごくアグレッシブなイメージがあります。京都の土地柄もあるのか、そこかしこのギャラリーやカフェ、その他いろいろな施設を利用して作品発表の機会があるようで、ふらりと訪れたところで出くわすことも少なくありません。

今回は30前後の作品が並んでいました。どれも絵本なのですが大きさも違えば形も違い、個性豊かです。絵も様々なものに出会うことができます。話の雰囲気はなんとなく似た印象を受けたので、時代を映しているのかなとも思えます。

ゆっくり読みたいな。そんなときに立ち読みはしんどいな。やっぱり椅子が欲しい。そんな結論が渦巻きながら、可愛らしい絵に微笑み、すこしきつめのメッセージに考えさせられました。
posted by 奥田圭太 at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 四方山話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月03日

「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」

映画らしい映画。それ以上にミュージカルらしいミュージカル。ストーリー性や論理性や複雑性を求めるよりも、高揚感を持ち続けたまま映像と音楽の素晴らしさを体感するのがおススメです。音楽を下敷きにした歌詞の響きの豊かさと、映像の迫り来る高揚感で満足です。

ミュージカル慣れしていない人には退屈かもしれません。歌い出すことに違和感を感じるでしょうし、ミュージカルならではの歌い方はへたくそに感じるかもしれません。ですが、ミュージカルの高揚感を求める人にはジョニー・デップのミュージカルソングは素晴らしく、歌うように話す、話すように歌うその声は生き生きとしています。

ストーリーは感情を昂ぶらせたまま走り抜けるだけであまりありません。残酷な殺戮です。さほど深くもありません。オチも新鮮さはありません。ですが、そこは映画です。抑え気味の色調で殺戮の象徴である血の赤を浮かび上がらせ、ラストシーンはそれだけで絵画のようです。これらを映像「美」というのかは賛否両論あるのでしょうが、まさに映画ならではの映像であることは確かです。

ティム・バートン&ジョニーデップというコンビに何を期待するかは人それぞれでしょうか、私は映画映画を期待しているので、ミュージカルミュージカルした映画映画としてその映像と音楽の波に埋もれるドキドキ感は満足です。

※なお、けっこうティム・バートンの何らかの意図を感じるくらい殺戮映像はえぐたらしいものなので、ご覧になる環境(食事とか感情とか)は配慮が必要です。R15であることをお忘れなく。

■作品概要
題名/「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師(原題:SWEENY TODD:THE DEMON BARBAR OF FLEET STREET)」
2007年/アメリカ/ワーナー・ブラザース
監督/ティム・バートン
出演/ジョニー・デップ ヘレナ・ボナム=カーター アラン・リックマン サシャ・バロン・コーエン
    ティモシー・スポール ローラ・ミシェル・ケリー ジェイン・ワイズナー
会場/TOHOシネマズ二条
19世紀、ロンドン。フリート街で理髪店を営むベンジャミン・バーカーは愛する妻と娘と共に幸せに暮らしていた。しかし、美しい妻に恋をしたターピン判事の陰謀で、バーカーは無実の罪を着せられ、投獄されてしまう。15年後、妻と娘を奪われたバーカーはスウィーニー・トッドと名前を変え、フリート街に戻って来た。理髪店を構え、パイ店の店主、ミセス・ラペットの協力を得て、ターピン判事への復讐を始める。
posted by 奥田圭太 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(3) | 本・映画・舞台・ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。