2008年01月06日

私は社長ではない

私のことを「社長」と呼ぶ人はとても少ないです。事務的に必要なときに社長をつける人はいますが私に向かって社長と呼ぶ人は極々稀な存在です。それは私が社長と呼ばないように言っていたり、私自身がまだまだ社長にふさわしくなかったりするからだと思います。

ご存知の方も多いですし、このブログにも書いている(→コチラ)のですが、バリュークリエイトという在り得ない会社の設立登記事務手続きを私がやったのでご褒美として私が代表取締役の肩書きを頂戴しているだけです。ですから広義では社長なのですが、狭義では起業家でもなければ社長でもないのです。あくまでも理念の環境(箱)を作っただけで、それを会社と呼ぶのならば、会社を作ったというだけで起業したわけでも経営しているわけでもないのです。

会社を設立して様々な環境の人と接する中で、個人事業主・起業家・社長・経営者は厳密には全く違うものだという感覚に至っています。起業と起社も区別されるように思います。それらは段階を踏むことは可能ですが、明らかに違うということを分かっていなければならないものです。

では、自分自身はどうなのか。私はその狭義の区別ができていない段階では、まだまだ社長ではないが社長にはなりたい(→コチラ)あるいはならなければならないと思っていました。それが現在の感覚に至ったとき、自分はバリュークリエイトという会社の広義の社長という身分で、狭義にはどういう役割を果たすべきかが大切であると確信しています。そこでは狭義の社長になりたいという結論はありません。

30歳というまもなく迎える節目の意味をそこに置いています。私は社長ではありません。おそらく社長になりたいわけでもありません。私がなりたいものは、バリュークリエイトという理念の環境をHOMEと考える仲間の集まり中で、HOMEをどういった環境に創造・維持するのか、その役割を担う存在だと考えています。それが狭義で考えたときに、個人事業主なのか、起業家なのか、社長なのか、経営者なのか、はたまた別のものなのか、まだ結論は出ていません。

posted by 奥田圭太 at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

他人の評価

近頃は他人の評価に一人喜んでいます。他人の評価というのは、他人様からいただく評価ということではなく、他人に対する評価という意味です。つまり、私が縁深く持っている人たちがいろいろな人からご評価いただけるようになったのを私個人が勝手に喜んでいるということです。

実はここには大きな環境と心境の変化があります。

環境で言うならば周りの人の成長が目覚しいという他人の変化です。「あの子はセンスがいい」とか「あの子は良くなって来ましたね」と言われる人たちがいます。そういう人たちにははっきりとした共通点があります。それは「必死に食らいついている」姿勢です。自分ひとりで勝手に逃げることなく他人と向き合うことを選んでいる人たちであり、できないことをわかった上でできる人に必死に食らいついて自分と戦っている人たちです。だからこそ、ご評価いただけるのであり、私も評価されることを納得でき素直に喜べるのです。

心境というのは他人の評価を素直に喜べるようになった私の変化です。今までは他人が評価されるのをどこかで「負けてなるものか」と闘争心に火をつけていたりした自分がそこにいたのです。まだまだ他人と比べることでしか自分の位置を確かめられなかった自分がそこにいたのです。そこを脱したことは私自身の成長もあったと思います。

一方でそこを脱却したとしても、他人と比べることで自分を評価する、から、別の何かと自分を比べて自分を評価しようとしてきたように思います。それは他人の求める奥田像でした。他人様からいただく評価に応えなければという強迫観念のようなものがありすぎたのです。

昨年は「他人と比する」から「他人の求める自分と比する」となり、少し高めるものの質が変わりました。今年は「他人の求める自分と比する」から「自分の求める自分」を作り上げてそこに比することなく向かうことができるようになりたいと思います。そのために「3」「共有」という私の理念に対する己の理解を深め、それを実現するための箱としての「バリュークリエイト」をどういう箱にすればいいのか、自分はそこにおいてどういう存在を目指せばいいのかを明確にしていきたいと思います。
posted by 奥田圭太 at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。