2007年10月14日

頭を下げるということ

交渉において駆け引きをすることとお願いをすることは違います。そして多くの人が前者に憧れ、後者ではダメだと言われることでしょう。

先日、ある女性が私のもとに文字通り頭を下げに来ました。私はその頭の下げっぷりに感嘆し、協力を約束しました。駆け引きをしに来ていたならば間違いなく門前払いをしていたことでしょう。

ここで大切なのはお願いの仕方であり、その潔さです。もっと言うならばその背後にある覚悟です。彼女にはその勝負心と覚悟がありました。最後の手段だという覚悟です。それまでに十二分に格闘してきたこともわかりますし、プライドに相当苦しんだ上で搾り出したものであることもわかります。だからこそ気持ちとして伝わるのです。

その昔「お願い外交」という言葉が流行りました。ただ頭を下げまくる外交です。そこには駆け引きも交渉テクニックもなく、それは情けないものの代名詞のようなものでした。確かに頭を下げまくるのは意味がないことです。それは相手に嫌われないように自分を守って楽をしているだけの行為です。それでは何も生まれません。

一方で、着飾られた駆け引きや交渉テクニックも好ましいものではありません。駆け引きで自分を優位に進めるという行為も、相手を思ってではなく自分可愛さの行為だからです。駆け引きや交渉テクニックも、その伝えたいことや取引を正確に伝えることにおいて有意義であって、相手を陥れるためにあるのではないのです。「〜する気にさせる」なんて恐ろしいテクニックが出回っていたりしますが、それは騙しでしかありません。〜する気に「させる」のではなく、〜する気でいることを「自己認識」「気づいてもらう」なのです。潜在的に思ってもいないことをテクニックによって無理に思わせることは騙しです。

ただ何にでも頭を下げていては物事は動きません。ですが、肝腎なときに全てを投げ捨てて頭を下げられないようでは、責任を取れる存在にはなれませんし、大きなことは絶対に成し遂げられません。

いざというときに頭を下げられること、それはとても強い人だけができることです。そして、そういう人には必ずそれに応えてくれる人たちがいます。
posted by 奥田圭太 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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