2007年09月30日

自立と自律

(ずっと書くように言われていたので・・・)
自立
(1)他の助けや支配なしに自分一人の力で物事を行うこと。ひとりだち。独立。
「親もとを離れて―する」
(2)自ら帝王の位に立つこと。「其後―して呉王となる/中華若木詩抄」
自律
(1)他からの支配や助力を受けず、自分の行動を自分の立てた規律に従って正しく規制すること。「学問の―性」
(2)〔哲〕〔(ドイツ) Autonomie〕カント倫理学の中心概念。自己の欲望や他者の命令に依存せず、自らの意志で客観的な道徳法則を立ててこれに従うこと。
                  (出典:三省堂提供「大辞林 第二版」)

独立して、あるいは組織のTOPになって他人というものを動かす立場になったとき、自立と自律の違いは自らに重くのしかかってきます。この二つはとても大きな違いがあります。そして多くの人が前者を第一の目的としてしまい、多くの歪みを生じさせることになります。

自立を目的としたとき、まず「自分」しか出てきません。つまり自分を解放することが目的となるのです。そのために必要なのが独立で言うと「お金と自由」です。そのため目先の利益を求め、楽を求めます。確かにまず食べられるようにならなければ始まらず、目先の利益も大切です。自立だって大変なことです。しかし、食べられた後に何が残るかを考えたとき、自立だけを目指していては楽な道を求める欲望しか残らないのです。こうなると組織で言えば自分が楽をするために他者に命令を始めます。そしてその堕落は一度始まると戻ることができません。

これを堰き止めるものが「自律」です。ここで大切なのは公の目的です。そのために自らに命令をし続けなければならないのです。自立している以上は誰も命令も管理もしてくれません。自ら命令し、目的に向かって、ときに苦しみに向かい続けるのです。判断基準や行動基準が楽なほうへ進みたいという自らの欲望ではなく、目的の達成でなければならないのです。

これは欲望に逆らうという大変困難なことです。ですが、本質的な独立を目指す人にはこのことへの覚悟が必須です。

他者や苦しみから逃れることを目的として独立したのでは決して自律できません。逆に他者や苦しみに向き合うことを目的とし、他者に助けてもらえない状況になったとしても自らを追い込む覚悟のある人にしか自律はできないのです。

独立は一見すると自由の獲得です。ですが、そこでは自分を律するものは己しかいないのです。全ての責任を自分で負わなければならず、逃げることはできません。そして律する根幹は、欲望ではなく自ら立てた公の目的なのです。自分に自分で命令し続けられているか。これが動力源であり、周りで動く人もその姿勢を見ているのです。

自らをTOPの立場に置くというのはそういうことであり、その自律への覚悟がなければ、その立場にはなってはいけないのです。つまり、独立に際して公の目的をしっかりと持って自立の先に自律を見据えられてこそ、本質的な独立を成すことができ、他人を動かす立場に相応しくなっていくのです。

自分に自分で命令し続けられているか。それだけです。
posted by 奥田圭太 at 19:20| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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