2007年09月17日

「殯の森(もがりのもり)」

ロケ地を見つけた地点で全てが決まってしまったような作品。その自然とそこに住む人々だけで十分すぎる映像。河瀬作品の中で未だかつてない丁寧な音の仕上がり。人間の声もそこでは自然の音の一つに過ぎませんでした。映画館で観なければわからない降ってくる映像と音で映画とはまた別の何かを見た気分です。

作中にも出てきますが、生きるには二つの要素があります。生物学的に生きるということと実感として生きるということです。そして前者を持ちつつ後者を失った主人公二人が後者の実感というものを33回忌というこの世とあの世の境をきっかけに手探りながら掴み取っていく物語。

その後者というのは他者とのつながりであるとこの作品は提示しているようです。話すこと、触れること、思うこと・・・、その全てのつながりが生きている実感であると。そして後者は生と死を分かつのではなく、つなぐものでもあるということを。

素晴らしいロケーションで、自然が人を溶かすようです。主人公二人が駆け回る茶畑や森は、その大きさと深さをもって生と死、自然と人間の境界を曖昧にしていきます。この作品は、自然と人間の境、生と死の境を探り当てようというものではなく、そこにもっと深いつながりを求めているようです。

追伸
たくさんの生き生きとしたご老人の映像に、人間の皺っていいものだと思いました。そこにはたくさんの生きてきたものが重なるように刻まれています。それが人間の表情を作っている、皺って素敵なものです。

■作品概要
題名/「殯の森(もがりのもり)」
2007年/日本・フランス/組画
監督・脚本/河瀬直美
出演/うだしげき 尾野真千子 渡辺真起子 斉藤陽一郎 ますだかなこ
会場/京都みなみ会館
奈良県東部の山間地に、旧家を改装したグループホームに33年前に妻・真子を亡くしたしげきがいた。彼はずっと、彼女との日々を心の奥にしまい込み、仕事に人生を捧げ生きていた。そして今、しげきは亡き妻の想い出と共に静かな日々を過ごしていた。そこへ新しく介護福祉士の真千子がやってきた。彼女は子どもを亡くしたことがきっかけで夫との別れを余儀なくされ事で心を閉ざして生きていた。そんな二人が…。
posted by 奥田圭太 at 21:06| Comment(2) | TrackBack(3) | 本・映画・舞台・ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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