2007年08月16日

憎まれ役を買う

憎まれ役とは文字通り「他人から憎まれる」役回りです。他人に憎まれたい人なんぞはそういませんから、また決して心晴れやかな役ではないので、あまりやりたがる人はいないことは明白です。

それでも、この役回りを引き受けてくれる人がそばにいるとそれは大変ありがたいことです。

ただ他人に憎まれるようなことをすることを勧めているのではもちろんありません。他人のことを本気で思いまたその思っていることに自信をもって責任を負うことができるのであれば、たとえそのときはわかってもらえなかったとしても自分の信じる行動を取り、自ら憎まれ役を買って出るのはいいことだということです。自分の思いを信じ、他人を信じていればこその行動です。覚悟がなくしてはこの役回りは引き受けることはできないのです。

つまり、この役回りを引き受けることが「できる」人がそばにいるのは大変心強いのです。私のそばにはまさにそれができる人たちがいます。その人たちは私の周りの人にも自分の信じるものをしっかりと行動をもって示しますし、私にもきちんと伝えてくれます。

確かにその助言や行動は時にとても厳しいもののように思えます。ですがそこには本気と覚悟がしっかりとこめられています。それを受け止めたときにズシリときますしグサッときます。そしてそれを受け入れることができたとき、その温かさをゆっくりと感じることができるのです。

自分の周りの憎まれ役に感謝できるようになって欲しい。受け止めたときの衝撃あるいは反発が大きければ大きいほど、改めてよく考えて欲しい。その助言や行動はどこから来ているのかを。誰も他人に憎まれたいと思っていないということを。


posted by 奥田圭太 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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