2007年08月12日

直接本人から聞かないと納得いかない

昨日、話がしたいと言ってきた人としばらくの間二人きりで話しをしました。彼が私を呼び出した理由は、私に関するうわさを耳にして、その真贋を本人に確認したかったのです。

噂の概ねは事実でした。事柄としては事実で、その真意や中身はかなりぼやけていたり誤情報でした。とはいえ彼にとっては「おもしろくない」話だったはずです。それでも彼はそれを受け入れ、静かにそして力強く真意を聞いていました。

「直接聞いて納得。というか、奥田さんの口から直接言ってくれるまでは納得する気なかったんで。」

と彼は笑いながら言いました。その言葉に彼からの大いなる信頼を感じて嬉しくなりました。同時に直接的に一緒に仕事する機会がなくなることが寂しくなりました。

同い年の彼と一緒に仕事をしておよそ1年。直接的に関わったのは半年くらいで、その間も彼に関しては多くを任せていたので楽しい議論しか覚えていません。みんなでカラオケに行って翌日彼の声が嗄れているのを何度も見ました。特別な用事で仲間と一緒に汗をかきまくったことも思い出されます。

彼(ら)とは直接的に一緒に仕事をする機会がなくなります。ですが、あくまでなくなるのはある会社の中で起こる仕事だけです。私は彼らと出会いました。その関係には間違いなく「何か」が生まれました。ですからそれは続くのです。きっとこれからも会い、これからも笑い、これからも飲んで歌うことでしょう。


posted by 奥田圭太 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「夕凪の街 桜の国」

原爆をこれまでと違う角度から捉えた反原爆・反戦争映画と言ってしまえばそれまでのこと(またそれらの点においては多くの人が論じてあるだろう)で、それよりも「現在」ということや「今自分が生きている」ということには原風景や自分ではない過去があることを痛感させてくれた作品。

反原爆として「自分を殺そうとした」「原爆は落ちるんじゃなくて落とすんだ」「私が死んで、殺そうとした人は喜んでくれるかな」と戦争には「意志」という人間から端を発していることが剥き出しに表現されていて、意志が非常にこめられた映画です。被爆による影響は、被爆者本人だけでなくその子孫にまで及んでいくから戦争(原爆の問題)はまだ終わっていない、というのが反戦映画としての解釈であり、事実この映画のテーマです。

しかし、それを明らかにしていく田中麗奈演じる現在の主人公と歩む軌跡が別の意味をもたらしてくれます。キャラクター設定であり田中麗奈さんの奥深さが人間のルーツというものを痛烈に考えさせてくれます。自分が今ここにいることは、自分を産んだ家族、その人を産んだ家族、その・・・という自分はもはや知らないルーツがあります。その全てが今の自分であることを痛感します。自分の原風景は・・・。今生きているのは脈々と受け継いでいる何かがある・・・。それをずっと考えていました。

女優2人の真っ向勝負を藤村志保という名女優が触媒となってリンクさせ中和します。前半は麻生久美子という女優がとことん感情を揺さぶります。コンテクストとしてではなくただその振る舞いと感情の動きだけで観る者の気持ちに響かせます。後半は田中麗奈という女優が一緒に旅をさせてくれます。奥底に潜む感情を全て抑えて表には出さない難しい役を思わず流れる涙だけで解放します。役を超えた女優でした。

■作品概要
題名/「夕凪の街 桜の国」
2007年/日本/アートポート
監督・脚本/佐々部清
原作/こうの史代
出演/田中麗奈 麻生久美子 吉沢悠 中越典子 伊崎充則 
   金井勇太 藤村志保 堺正章
会場/MOVIX京都
原爆投下から13年後の広島。そこに暮らす平野皆実は、打越に愛を告白される。だが彼女は、原爆で父と妹を失い、自分が生き残っているという事が深い心の傷になっていた。そんな彼女の想いを打越は優しく包み込むが、やがて皆実に原爆症の症状が……。半世紀後。今は東京で暮らす皆実の弟・旭は、家族に内緒で広島の旅に出る。そんな父を心配する娘の七波は、ひょんなことから友人の利根東子と共に、旭の後を追って広島へ向かう……。
posted by 奥田圭太 at 15:42| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・映画・舞台・ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。