2007年02月16日

「人が足りない」は課題ではない

人が足りないというのはそもそも課題ではない。

これはある社長様がおっしゃっていた言葉です。この言葉を初めてお聞きしたときに勝手に自分なりのいろいろな解釈をして感銘を受けたのを今でもはっきりと覚えています。

確かに人手は少しでも多くあったほうがいいに決まっています。そういう意味では人手不足というものは永遠に発生するものです。それを課題設定として取り組むこと自体が、飽くことのなきものを飽くと信じているに過ぎない幻想であり、解決策はないのです。極論を言えば、それを課題にすることは他の課題をそのせいにして課題設定せずに逃げているだけなのです。

成長は、課題設定とその解決への取り組みの絶えざる繰り返しです。この「人が足りない」という課題設定は、逆に課題設定の放棄でもあるのです。

物理的課題として、人が本当に足りないのであれば、その段階で企業は崩壊しています。根幹的資源である人が足りていないのであれば成立さえもしないからです。維持できるはずがないのです。

しかし、組織というものは不思議(?)なもので崩壊しません。「あの人でこの企業は成り立っている」とさえ思われている人でも、いざいなくなってみると、それはそれで回ったりします。「人手不足」と嘆き続けていても企業は回っていたりします。人手不足の企業でも突然病欠者が出ても別につぶれたりしません。それはそれでなんとかなるものなのです。

人が足りないというのはそもそも課題ではない。これは人が足りないことが課題のひとつであることを否定するものではなく、そこに課題を置いていては物事が始まらないことを指す言葉だと思います。

経営判断として経営資源である、しかも根幹的資源のひとつである人がどの程度必要であるかを把握しておくことは最重要なことのひとつと言えるでしょう。ですが、それは投資判断であり、その足りないことを課題としていては何も改善・成長はされないのです。人が足りないことが課題なのではなく、ある課題を解決するために人的資源が必要なことがあり、それは投資判断をもってなされるのです。
posted by 奥田圭太 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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