2007年02月07日

原作は超えられるのか!?

実は表題はとても意味のない議論だと思っています。むしろ、「第一印象は超えられるのか!?」が議論ではないかと思います。

「原作のほうが良かった」というのは「やっぱり」という言葉が枕詞になるほど当たり前のように耳にする言葉です。ですが、この言葉の前提はその前に原作を目にしているということです。何が言いたいかというと、当たり前のように耳にするこの言葉の意味は「作品として」超えているかという議論ではなく「感動として」超えているかなのです。

最初に観たものにある一定の感情を抱いてしまったもの(特に感動を抱いてしまったもの)は、その感情を前提に比較論として次なる作品に触れることになります。その時点でその新鮮さは失われ、インパクトは失われ、比較という分析的視点から観られてしまうのです。その段階で次なる作品は感情を触れ動かすことが極めて困難となり、感情論である原作(というよりも最初に観た作品)を「感動として」超えることは同じように極めて困難なのです。その過程において、先ほどの当たり前にように耳にする言葉があるのです。

では、実際に「作品として」原作を超えることは可能なのか。これもまた別の議論であり、そもそも「超える」という比較論の段階で意味を成しません。批評・評論好きな人は、よく引用や比較を用いますが、それは作品の真なる完成度とは無関係です。

作品とは「超える」ではなく「そのもの」として「いいか、悪いか」なのです。その点において主観論でも客観論でも論じればいいと思います。原作という言葉に起因するのではなく、そもそも別の作品と考えるべきなのです。原作と比して、他の作品と比して、という過程である以上、言葉は陳腐なものとなり「作品として」味わうことは困難なのです。

とはいえ、この前提が拭い去れないことを覚悟の上で原作をリメイクする心ある作り手たちは「表現として」何かを伝えようとする試みを最大限に追究するのでしょう。原作と全く異なること、その作品唯一無二のものとして「表現方法」を選ぶその姿には相当の覚悟があります(必要です)。逆に言えば「表現として」その作品に触れることができたときに、観るものは心を触れ動かされる幸せがあるのです。

原作モノという表現そのものが作り手の「表現」をフィルターづけて破壊するものであり、原作を観たものがフィルターを持って観てしまう限り、作り手は観客を得たとは言えない。作り手にも観るものにとっても不幸な出逢いになるだけなのです。

posted by 奥田圭太 at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画・舞台・ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ナビの中の蛙、ほとんどの企業を知らず

就職活動では、ほとんどの学生はまず就職支援サイト(就職ナビ)に登録することから始めるのだそうです。また大学からもそう教わっているそうです。おそらく間違いではないのでしょう。

どう考えても知名度で群を抜くのがリクナビ。そのせいか、リクナビに登録さえしていれば安心、などと思ってしまってはいないでしょうか。

主要と言われる就職支援サイト(就職ナビ)を列挙します。

リクナビ http://www.rikunabi.com/
毎日就職ナビ http://job.mycom.co.jp/
学情ナビ http://www.gakujo.ne.jp/
エンジャパン http://gakusei.enjapan.com/index.app
日経ナビ http://job.nikkei.co.jp/

ひとつでも見たことがないサイトがあれば必ず見ることをお勧めします。

リクナビに全ての企業の新卒採用情報が載っているわけではありません。リクナビに載っていなくて学情ナビに載っている企業もたくさんあります。ナビによって載っている企業、載っていない企業があるのです。ですから、ナビをまず選ぶのではなく、全てのナビで企業検索をして、エントリーしたい企業があったときにエントリーするためにナビに登録するのです。この順序が逆で、出会いたかった企業に出会えない狭い狭い世界で就職活動をしている学生さんが多いように見受けられます。

さらに言うならば、どこのナビにも載っていない企業も無数にあります。京都の某大手企業さんは自社HPからしかエントリーできません。ナビの中で企業探ししている学生さんは絶対に出会えないのです。

では、どうするのか?

目的(企業探し)と手段(ナビ活用)が逆転しないことです。

業種や職種が明確な人は、それで一般の検索(ナビではなく検索:google、yahoo、goo)で企業をひたすら検索することです。あるいはその業種や職種の業界新聞・業界紙に目を通すことです。そのあとにその会社が新卒採用をしているか調べ、エントリー方法を調べるのです。ナビはそれからです。

地域にこだわりがある人は、それで一般の検索で企業をひたすら検索することです。あるいは、街を歩いて回ることです。そのあとに・・・。

就職活動のときに興味のある企業がありました。ご存知の方がおられるか分かりませんがサンセントシネマワークスという会社で、新卒の採用はしておらず、就職するにはたしか3年以上の社会人経験が必要でした。採用情報が載っていなくても問い合わせをすると面接をしてくれる会社もありました。調べていけば無数の企業、様々な就職の仕方があります。

ナビの中に掲載されている企業は、非常に限られた企業でしかありません。またナビに掲載されている情報は、非常に限られた情報でしかありません。

ナビはうまく利用するものであり、ナビの世界にこもってしまっては、とてもとても狭い狭い世界で就職活動をした「気分」になることになります。

posted by 奥田圭太 at 13:24| Comment(3) | TrackBack(0) | コラム:就職活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

正反対と複眼と

様々な社長様と一緒に仕事をさせていただいております。その中で最近おもしろいなと思うのが、特に取引先の社長様によって私のキャラクターがバラバラだということです。

ある社長様には情熱のみで動いている(またはサポートしている)ように思われているようです。ある社長様とはその真逆で数字や理屈を用いて動いている(サポートしている)ように思われているようです。同日にそのふたつのご評価をいただくのはなかなかおもしろいものです。

「意」「情」「智」のバランス三分法という教え(詳しくは成熟したら言葉にして表したいと思っています)をあるお方を通じて教わり、今年はその中の「意」の充実をテーマとしています。「意」を充実させることで「情」「智」をコントロールもしくは最大限に発揮することが目的です。

そういう意味では局面局面、あるいはお客様に合わせて、「意」をもって非常に強力な「情」や「智」が映っている(伝わっている)とすれば、喜んでいいことだと思っています。ただし、それが「意」としていないところであれば「情」や「智」の暴走のように思います。

他人にどう映っているか。その映っている姿は間違いなく自分そのものである。他人を通して自分を見る。一方で自分を通して他人を見る。そのお互いにどう見えているかの中で、自分の立ち位置があり、自分がある。自分とは他人との関係性の中でそのものとなると思います。
posted by 奥田圭太 at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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