2007年01月17日

年下たちに涙する

昨日、幾人かの年下の人たちに困難な依頼をかけました。

それはバリュークリエイトのインターン生として考えている人たち、またつながりを持ってくれている学生たちであり、チームを組んでくれる年下たちでした。

そのほとんどがもうその依頼に対して動いてくれています。誰も疑問も不平も言うことなく動いてくれています。依頼を知るや否やの行動です。そのスピード、行動力、すべてに感銘を受けています。

このことに本当に涙しました。

まず彼らの素直さに対してです。自分に降ってきた課題に対して、まず立ち向かおうという姿勢、やってみることから何かを得ようという姿勢、その姿勢に学ぶことは多くあると思います。「まず肯定から入る」その姿勢に涙しました。

次に他人のために動く献身に対してです。明らかに彼らは私のために動いてくれています。「自分のためにもなるから」と言っていた人もいます。ですが、それは私への配慮です。「誰かのためになるならやろう」その姿勢に涙しました。

この行動は間違いなく成果として表れると確信しています。
何故なら、上記の姿勢を持つ彼らがやっているからです。

心から感謝しています。私のために動いてくれていることへの感謝とその姿勢を学ばせてくれたことへの感謝です。この場を借りてお礼を言いたい。「本当にありがとう」そして次に会ったとき、一人ひとりにきちんと伝えたい。「本当にありがとう」
posted by 奥田圭太 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

震災体験者に思う

今日はよくよく話を聞くとまさに阪神大震災体験者二人と飲んでいました。今日で12年、まさに一回り。今年も亥年、大きな事が起こる年と言われています。今日は、別にそれを意識したわけではなく、たまたま体験者だったという中でいろいろな話を聞きました。思えば関西なので体験者率は高いはずですね。

その凄まじさと生々しさ。

私も阪神大震災は体験しています。大きな揺れでした。部屋の中でたくさんのものが倒れ落ちてきました。ですが、家族・ご近所さん、皆様ご無事でした。ですが、まさに震災地、兵庫県になると、それでは済みません。

表に出たら人の悲鳴が聞こえる、建物が全壊している、道がえぐれてもり上がっている・・・・。その凄まじさと生々しさはその心だけではなく、体として覚えてしまっているのです。助けたくても助けられない、逃げたくても逃げられない・・・。お話を聞いていると、ほんのほんのちょっとで生死を分かっているのが肌で感じられます。

私は当時高校生でした。私立に通っており、そこは兵庫県から通っている友達もたくさんいました。一瞬にしていろいろなことが思い出されました。

当日、私は高校に通学しました。クラスの半分くらいしか教室にいませんでした。当然のように休校になりました。連絡の取れる友人、取れない友人・・・、当時は携帯電話などありません。後で発覚していったことですが、家族を失ったもの、家を失ったものも少なからずいました。私はそのときどれだけ彼らの凄まじさと生々しさを感じることができただろうか。

体験談では疑似体験しかできません。ですか、疑似体験でもしないよりはしたほうがいいです。そのリアリティを自分が受け入れることができたとき、それは自分の血となり肉となると思います。当時の私は受け入れられていなかったのでしょう。

今日はお二人の強さを感じました。とんでもない経験、ですが、それもそのお二人を強くしたのでしょう。自然の凄さ、人間の凄さ・無力さ、あらゆるものを感じて、恐ろしくもあり感動もあり。実体験の凄まじさと生々しさ・・・今日はそれがびりびり感じる日です。

あれから12年。私たちは生きています。

posted by 奥田圭太 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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