2007年01月20日

免疫の話

「免疫」
(1)病原体や毒素、外来の異物、自己の体内に生じた不要成分を非自己と識別して排除しようとする生体防御機構の一。本来は、ある特定の病原体に一度感染して回復できると抵抗性をもつようになり、同じ病気にかからなくなることをいう。先天的に備わる自然免疫と、後天的に得られる獲得免疫がある。機構としては細胞性免疫と体液性免疫の二つが働く。
(2)物事が度重なってそれに慣れてしまうこと。「騒音に―になる」
                           (出典:大辞泉)

自分の限界を知っている人はどれくらいいるでしょうか。またその限界のアラームを知っている人はどれくらいいるでしょうか。

成長とは限界を知るところから始まります。

筋肉トレーニング(筋トレ)は自分の限界に達するまでがウォーミングアップでそれからの数回が本番だと言います。つまり、できることだけをやっていてはまだ本番も迎えていない、スタートも切っていないということです。逆に、本番を経験した人は確実に成長するのです。

仕事でも同じことです。

自分で限界までやったという経験を持つべきです。そして、それを自分の基準とするべきです。それは自分の次に越えるべき壁を知るということです。壁を見たことのない人に壁を越えることはできません。ですが、壁というものは不思議なもので一度越えてしまえば「できる」に変わるのです。

私の場合は原因不明の腰痛(→コチラ)がアラームです。これが出たときに「おっ、来た」と思います。アラームだと分かっているからこそ過去にそれを乗り切った自信がよみがえり、そこから一歩進めることで得られるものの大きさを知っているからこそ最後のもう一歩をやり切れるのだと思います。そして、自信を持ってすぐに休めるのだと思います。

限界を知る。スタート。そこからもう一歩だけ頑張る。それが「できる」に変わる。だから安心して休むこともできる。その繰り返しが成長でしょう。
posted by 奥田圭太 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月19日

「京都発!!勉強会!!」基本方針からリスタート

本日は「京都発!!勉強会!!」の転機について多くの人に参加していただいてたくさんの意見を頂戴し、なによりも勇気付けられました。想像していたより多くの人に集まってもらったこともそうですが、何よりも言葉にして伝えていなくてもみんなが感じていてくれたことがわかって本当に勇気付けられました。

やってきたことは間違いじゃなかった!

その勇気をもらって、今後も「京都発!!勉強会!!」はスタンスもやり方も変えずに継続します。1周年記念が終わったら、改めて定期的に開催していきます。

基本方針
(1)学生と社会人の垣根を失くす
学生と社会人の違いは認識する一方で、お互いの価値を認め合う。学生は社会人に会う喜び、社会人は学生に会う喜びを見つけ出す。
(2)知っている人を知る
敷居はできるだけ低くし、誰でも参加できるようにする。まずは様々なことに興味を持ってもらうこと(0→1)が大切。その上で、それに詳しい人との人脈を持つことで、それを深めたいときは師事し(1→5)、いざというときは頼れる関係(10)の輪を広げていく。
(3)京都発を意識した人財・後輩に継承するマインドを持った人財を育てる

運用
(1)個人主催を継続する。どこかに迎合するようなことはしない。個人や企業が自由に活用できるフィールドとして用意をする。
(2)ふらっと立ち寄れる場、ふらっと帰って来られる場になるようにする。
(3)「ディスカッション」「業界の話」「ワークショップ(ゲーム等)」を企画の三本柱とする。

何も変わりません。だからこそ心新たにきちんと取り組んできます。

ディスカッションでは皆さんから好評のテーマも考えられたので、バンバンやっていこうと思います。学生が学生を呼ぶ、社会人が社会人が呼ぶ、人が人を呼ぶ会を目指していきます。

そんなリスタートに向けて2月17日(土)19:00くらいから「社会人・学生入り混じっての1周年記念パーティ」を開催します。締め切りを2月上旬として参加人数に合わせてお店等を手配する予定です。是非、社会人が社会人を呼んで、学生が学生を呼んで、1周年を祝っていただけると幸いです。

お申し込みはここにコメントをいただくか、奥田宛にメールかなにかをください。よろしくお願いします。

2007年01月18日

物事は突然に、そしていっぺんに

物事はなぜか突然転がり始め、一気に動き出します。そして、私の場合なぜかそのタイミングがいっぺんにやってきます。多くのことを同時並行でやっているからでもあるのですが、それらのものが加速するタイミングもなぜか同時期であることが多いです。

ですので、そのタイミングが来ると急激にやるべきことが膨大になります。負荷が一気にかかると不安を覚える一方で、目の前に大きな可能性が一気に広がっているのを眺めて興奮を抑えられなくなります。今日は久方ぶりのそんな日でした。

まず今日やったこと自体がばらばらで思い出すと不思議な感覚です。

2社の朝礼に出席。今日はどうしても出たかったのです。
お客様が来られてお手伝いしようとしているイベントの打ち合わせと以前にもお話したことがあると思いますがSNSの運営の意見をさせていただく。早く前に進めたい思いだけでいっぱいです。
お昼は前職の先輩にご馳走になりながら不動産案件を情報提供。結婚されることを知って驚きと祝福。
そのまま前職の支店で銀行事務処理。今日は窓口が暇だったようでいろいろな懐かしい人たちと話ができました。
別の会社で資料作成。その間にもたくさんの人に依頼メール送信。いつもわがまま依頼ばっかですいません。
夕方はお客様の知人の奥様と面談。就職のサポートをさせていただくことになりそうです。これが人柄・仕事への姿勢ともに自信を持ってご紹介できる方でいい出逢いに感謝です。あとはこの方のお考えがクリアになった段階でご一緒できればと思います。
AとBの遅れに遅れている誕生日プレゼントを買いにいく。Aは自分で選びました。Bのシャツのサイズが43-88という私と同じ悩み(→コチラ)を持っていることを知って、やたらと仲間意識が強まりました。
仕事場に戻って、お客様の資料作成を絵コンテを書いたりしてサポート。後は社員の方に依頼通りやってもらうだけ。明朝見れば完成になるはずです。

と日記はここまで。これだけ今日はバラバラなことをしていました。そして、その間にもっとバラバラな出逢いの可能性、事業の可能性が携帯電話を鳴らしました。

会いたいと思っていた人、会うのもおこがましいほどの偉い人、ある企画の今後を大きく左右するかもしれない人・・・、そういう方々と会わせていただける機会が一気に舞い降りてきました。これもすべて周りの方々がセットしてくださった賜物です。

ほんの小さな可能性かもしれなくてもそこには可能性が「ある」。それを信じて追い続けていれば必ずどこかで一気に加速する。物事は徐々に積み上がっていき、ある沸点に達した瞬間はじける。そのはじけることを信じて積んでいけるか、そのときをきちんと想像できているか、そして実際にはじける瞬間に自分がどこを向き、何をするか。それがそのはじけ方を、あるいははじけた後の行方を、悪い方にもいい方にもするものだと思います。

今日は本当に興奮するほど可能性を感じる喜ばしいときでした。ですが、こうなることを想像して「意」をもって可能性を追究してきたのです。だからこそ、これからが本当の取り組みです。
posted by 奥田圭太 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

年下たちに涙する

昨日、幾人かの年下の人たちに困難な依頼をかけました。

それはバリュークリエイトのインターン生として考えている人たち、またつながりを持ってくれている学生たちであり、チームを組んでくれる年下たちでした。

そのほとんどがもうその依頼に対して動いてくれています。誰も疑問も不平も言うことなく動いてくれています。依頼を知るや否やの行動です。そのスピード、行動力、すべてに感銘を受けています。

このことに本当に涙しました。

まず彼らの素直さに対してです。自分に降ってきた課題に対して、まず立ち向かおうという姿勢、やってみることから何かを得ようという姿勢、その姿勢に学ぶことは多くあると思います。「まず肯定から入る」その姿勢に涙しました。

次に他人のために動く献身に対してです。明らかに彼らは私のために動いてくれています。「自分のためにもなるから」と言っていた人もいます。ですが、それは私への配慮です。「誰かのためになるならやろう」その姿勢に涙しました。

この行動は間違いなく成果として表れると確信しています。
何故なら、上記の姿勢を持つ彼らがやっているからです。

心から感謝しています。私のために動いてくれていることへの感謝とその姿勢を学ばせてくれたことへの感謝です。この場を借りてお礼を言いたい。「本当にありがとう」そして次に会ったとき、一人ひとりにきちんと伝えたい。「本当にありがとう」
posted by 奥田圭太 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

震災体験者に思う

今日はよくよく話を聞くとまさに阪神大震災体験者二人と飲んでいました。今日で12年、まさに一回り。今年も亥年、大きな事が起こる年と言われています。今日は、別にそれを意識したわけではなく、たまたま体験者だったという中でいろいろな話を聞きました。思えば関西なので体験者率は高いはずですね。

その凄まじさと生々しさ。

私も阪神大震災は体験しています。大きな揺れでした。部屋の中でたくさんのものが倒れ落ちてきました。ですが、家族・ご近所さん、皆様ご無事でした。ですが、まさに震災地、兵庫県になると、それでは済みません。

表に出たら人の悲鳴が聞こえる、建物が全壊している、道がえぐれてもり上がっている・・・・。その凄まじさと生々しさはその心だけではなく、体として覚えてしまっているのです。助けたくても助けられない、逃げたくても逃げられない・・・。お話を聞いていると、ほんのほんのちょっとで生死を分かっているのが肌で感じられます。

私は当時高校生でした。私立に通っており、そこは兵庫県から通っている友達もたくさんいました。一瞬にしていろいろなことが思い出されました。

当日、私は高校に通学しました。クラスの半分くらいしか教室にいませんでした。当然のように休校になりました。連絡の取れる友人、取れない友人・・・、当時は携帯電話などありません。後で発覚していったことですが、家族を失ったもの、家を失ったものも少なからずいました。私はそのときどれだけ彼らの凄まじさと生々しさを感じることができただろうか。

体験談では疑似体験しかできません。ですか、疑似体験でもしないよりはしたほうがいいです。そのリアリティを自分が受け入れることができたとき、それは自分の血となり肉となると思います。当時の私は受け入れられていなかったのでしょう。

今日はお二人の強さを感じました。とんでもない経験、ですが、それもそのお二人を強くしたのでしょう。自然の凄さ、人間の凄さ・無力さ、あらゆるものを感じて、恐ろしくもあり感動もあり。実体験の凄まじさと生々しさ・・・今日はそれがびりびり感じる日です。

あれから12年。私たちは生きています。

posted by 奥田圭太 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

数字の話

新規事業の事業計画やプロジェクトの計画や企画書を拝見することがよくあります。

そこにはたくさんの数字が並んでいます。その数字にはいろいろな意味が含まれています。「希望」「論理」「打算」「辻褄」などなどです。ここでは、事業計画や企画書の正しい書き方などは別論として実感していることを書きたいと思います。

その数字が踊りだすものであれば、その数字は実現する。

数字は論理的組み立てによって算出されるものです。ですが、その「論理」というものが曲者です。論理を突き詰めれば秘めた可能性は最小となります。妥当を追及するからです。もちろん、計画にはその妥当性というものがとても大切ですが、それではおもしろみもなければ可能性もなく、そして実現させる価値も低くなります。

おもしろいなと思う計画は、数字の向こうに行動が見えたときです。
そこに携わる人々、そこから広がる可能性を極限まで追究した行動です。行動が書かれていなくても、数字が勝手に踊りだし、相手に想像をさせるのです。可能性を追求して空想し続けた企画者が、可能性を追究した想像に落としこめているかです。その具体的ビジュアルに落とし込めたとき、数字は組み立てられるのです。

数字はマジックを秘めていて、時に独り歩きを始め、数字が数字で作られてしまいます。一方で、数字はマジックを秘めているからこそ、その裏側を想像することができるのです。

過去の数字というものは、間違いなく行動の積み上げであり、そこから生まれた数字の積み上げです。だから過去の数字は恐ろしいほどにモノを言います。未来の数字というものは、それ故に想像できる行動の積み上げであり、そこから生まれた数字の積み上げであるのです。それこそが本当の「論理」であり、実現可能性が高い数字なのです。

可能性を追求して空想し続けることで、可能性を追究した想像に落としこめているか。

その想像力と継続力が企画力です。そこからの行動力と継続力が実現力です。そして、その根底に「意」があるのです。
posted by 奥田圭太 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

段取りの話

料理ができる人は、きっと仕事もいわゆるできます。

ここでいう料理とは作るという意味ではなく、食卓に一食分の食事を並べることを言います。チャーハンを作るのではなく、野菜や肉やごはんや味噌汁を食卓に用意することを言います。

私が研修等で必ず言う、世の中でよく言われている話があります。

ある人にあなたは今何をやっていますかと聞きました。その人はこう答えました。
「今、門を作っているところです」
「今、外壁のこの部分の入り口の門を作っているところです」
「今、こういう邸宅の外壁のこの部分の入り口の門を作っているところです」
これはその人の視点の高低を表します。
以前にも「つながりの話」で少し書いていますが、自分がやっている部分が、どういうものとつながっていて、どこまで全体像をつかめているかです。

料理でも同じです。食卓に温かいものを複数並べようと思えば、どれから調理を始め、そのタイミングでどれをどうすればいいか、あるいは事前に何をすればいいかがわかる必要があります。視点を上げて全体から入れる人は、自ずとやるべきこと、やるべきときが決まっていきます。そして、そのやるべきことをやるべきときにすれば、料理は見事にできるのです。

企業でいれば、この視点の高低が、管理職かどうかといった役職の違いになったりします。
全体の中での自分を意識できていれば、自分のやっていることの全体に及ぼす影響がわかり、期限はおのずと自分で決めることができます。逆にそれが守られなければ自分ひとりの問題ではなくなるという危機意識も持つことができます。そういう人はやるべき仕事をきっちりとやるでしょう。

まず顔を上げ、全体像をつかみ、段取りを行います。その上でその段取り通り「やるべきこと」を「やるべきとき」にするという自分の足元をしっかり見据えれば、物事は「できる」のです。
posted by 奥田圭太 at 13:36| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム:言葉津々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

創業を思い出して

創業者の抱える悩みのひとつに「会社規模」というものがあります。

創業したてのときは自分の意志と強い思いで、時にはワンマンに引っ張っていきます。そのワンマンが許させる背景にはその裏返しとして社員全員に目をかけているということがあります。しかし、会社が大きくなるにつれて社員「全員」というのが困難になってきます。このとき、ワンマンは崩壊し、自分の強い思いが伝わらずもがき苦しみます。社員は社員で、今までそのパワーについていった疲れか、社長についていけないと考えるもの、否定するものが現れます。これが社員30名〜50名の壁です。

根源は「目が届かない」ということにあります。

そこで、社長は自分の右腕・左腕を必要とし、そのものを使って「全員」に目を届けようとしますが、その右腕・左腕も欲しいからといって手に入るものではないことが社長をもがき苦しめるものです。

この段階に来た企業は、いったん停滞します。今までパワーでやってきたものがうまくいかなくなり、無理をしていた膿みもたくさんでてきます。そこから脱却できるかは組織といった理屈ではなく(1)上記の右腕・左腕の登場・育成(2)創業時代を知らない人たちによる新しいカルチャーの創出、にかかっています。

(1)は縁もありますし、時間もかかります。(2)は創業者の思い次第で可能です。その手段としては(イ)真っ白な新人の採用(ロ)創業パワーのある人財による社内創業、があります。

(イ)は真っ白というのがポイントです。変な癖がついていると変えるのは困難です。どこのカルチャーにも染まらず、新しいものを吸収しやすいことが肝要です。企業からすれば即戦力のほうがいいに決まっているのに、新卒が重宝されるのはこのためです。そのメンバーで(ロ)が実行できると会社のカルチャーを変える(あるいは創業時代に戻す)ことができます。

事業を興す必要はないのです。そのメンバーを強力に求心・推進していけばいのです。事業内の一チームでもいいのです。その創業のような一体感と強力な前進ムードが、周りを変え(あるいは戻し)、停滞から脱却し、活気を獲得できるのです。そして、その活気とカルチャーから(1)が生まれてくるのです。

この方法が私は結構好きです。以前にもある企業様で、将来のコア人財になるであろう人を推進者として(イ)でチームを作って特定の業務について(ロ)をしたことがあります。これによりその人は(1)になっていくと信じています。

そして今日、その決断を私からの提案ではなくヒントにより行動に移す社長様がいました。その社長様は(ロ)を自ら入って実現しようとされています。これが形になったとき、この企業様は、新しいカルチャーを獲得し、次の「会社規模」に進まれることでしょう。

posted by 奥田圭太 at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

移行完了

freemailの停止にパソコン新規購入とここ数日はデータの移行や設定にかなりの時間を奪われました。なんとか今日、たくさんの人に協力をしてもらってようやく一段落です。この間、仕事も立て込んでいて、パソコンやメールないと仕事にならん、仕事でパソコンやメールの設定ができないという堂々巡りで苦笑が止まらずでした。そんなわけで明日よりブログ復活させます。

さて、そんなシステムの移行で感じたこと。
(1)思いのほかID・パスワードものが多く、再現は大変。
(2)ウィルス対策ソフトはあまりにパソコンに負荷をかける。

(1)メールとファイルは移行したのですが、インターネットのよく使っていたページや会員登録していたところやダウンロードしたソフトのIDやパスワードなんかはパソコン上に保存されていたため、まったく忘れていました。思い出し思い出し不便を感じながら一通りページやソフトはそろえたものの「ログインできない」が多数。スカイプ名を他人に聞いたり、過去のメールを必死で探したり、新規登録しなおしたり、棚から郵送物を探したりとバタバタです。この辺の管理に詳しい方がいればアドバイスください。どっかにデータで一括して残しておくのも危険だと思うと方法が思いつきません。

(2)ある設定のためにファイアーウォールの解除が必要になり、一時的にウィルス対策ソフト(ノートン)を止めました。驚くほどパソコンの処理速度が向上します。何か起こったのかと思ってしまったくらいです。言いも得ぬほどの快適さです。このままなしでやりたいと強く思ってしまうほどです。それができないのが現代社会。誰か、最も軽くて信用できるウィルス対策ソフトを教えてください。ここまで処理速度に差が出ると本気でソフトを考えてしまいます。この差はほんと問題視するべきでしょう。

さて、明日以降はパソコンの設定をいじって快適設定を請け負ってくださる方を募集します。その前に増設メモリを買いに行かねば・・・。

posted by 奥田圭太 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月13日

我慢我慢、静かに静かにガッツポーズ

先輩の話。

それは6人だった会社が次のステージに突入したことを意味しました。6人のときは自分が食べていければいい、そして実際食べてはいけました。そこに人が集まり始め、他人の生活も背負うという自覚が生まれました。

「自分でやったほうが早い」のは当然で、それでも新しい人たちが少しずつ積み上げていくのをずっとずっと我慢に我慢を重ねる。もちろん何度も失敗があったでしょう、自分でやればよかったと後悔したこともあったでしょう。そして・・・やっとその新しい人たちで一つの案件ができた!と思ったときが来た。もちろん自分も手伝ったとはいえ、それでも新しい人たちに自信も自覚も成果も芽生えた。そのとき、社長とその先輩は二人で静かに静かにガッツポーズをしたそうです。

それは、その社長と先輩が初めて経営者になったことを意味するのだと思います。

それは、その会社が4年目に入ったときでした。バリュークリエイト2年目、目の前にリアルな目標があることを喜びます。漠然としたものではなく明確なものがあることを喜びます。

些細なことで一喜一憂していてはビジネスはうまくいきません。ですが、ひとつひとつのことにしっかり想いを込めて、失敗したときは一緒に思い切り悔しがればいい、うまくいったときは一緒に思い切り喜び合えばいい、そんな感情の起伏が仕事を楽しくしていくのです。それが共有できる仲間がいればなおのこと楽しくなるのです。

バリュークリエイト2年目、私もいつか社員の為に我慢に我慢をして、ガッツポーズをしたい。そのためにも仕事ひとつひとつを大切にして、うまくいったときは思い切り喜びを爆発させたい。そう思う話でした。

仕事はこなせば流れます。ですが、仕事も生きることの一部を意味しているのだから、思い切り楽しんで、思い切り悔しがったり思い切り喜んだりすればいい。そのとき、今度はひとつひとつの仕事のほうが仕事そのものとして生きてきます。
posted by 奥田圭太 at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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