ある目的があるとします。その実現に向けて短期的な目標があるとします。
目標を達成するためにはあらゆることをしなくてはいけません。考えられる範囲、想像の範囲、飛躍の範囲、チャレンジの範囲・・・、やれること、やらなければいけないこと、やりたいこと・・・、目白押しです。
そして、その短期的な期間を終えたとき、結果というのが出ます。
その結果には、目標達成という「成功」か目標未達という「失敗」のふたつで語られることが多いです。そして「失敗」であったときは、その原因追究が進められます。追究できたときはそれが「次」に活かされます。
ですが、その「失敗」の中身をよく考える必要があると思います。
やりきった末での失敗か、それともやり残したことがある失敗か。
この違いはとても大きいです。後者では次に前者を経験する可能性が残るからです。前者であれば、次は違うことがきちんとできます。原因の追求も可能です。ですが、後者では結局「やらなかった」ことが原因であり、目白押しの中身の検証はできないのです。何が良くて何が悪かったわけでもなく、達成できたかどうかでもなく、単にやらなかっただけです。もはや「失敗」とさえ言えません。やると決めたこと、目白押しをやり切らなくて、そもそも達成できるわけがないのです。達成するためにやることだったはずなのですから。
やり残したことがある。それはもう一度やるしかないということになります。それは完全に1回分を失っただけです。一歩を踏み出したわけでも進んだわけでもなく、単なる時間の経過です。「次」が来るのではなく、「元」に戻るのです。
今日も残されたものたちが叫び声を上げています。
それを必ず拾い上げ、目標達成のためにやり遂げましょう。
やり遂げなければ、「次」はありません。






