2006年09月04日

職業病の悲しきおかしさ

職業病といえば、あまりいい印象で使われる言葉ではありません。最近では病気・疾患ではなくても、ちょっとした癖・習慣にも使われるようになりました。いずれにしてもそんなにいい印象で使われる言葉ではありません。

ですが、私はこの職業病を持った人が結構好きだったりします。その視点が、その職業ではない私にとっては新鮮で、時には笑えたり、時には感心させられたりするからです。

昨日、かつては服飾系の専門学校に通い、今はデザインだとか縫製だとかそんな仕事についている友人と久しぶりに遊びました。どちらかというと私の趣味に付き合ってもらった感じですが、まあ、楽しめたようだからいいのです。で、話は戻りまして・・・彼女、その友人は完全に職業病だったのです。

ちょっとお茶をするために入ったお店が服屋さんとCAFEがセットになっているところでした。座席がいっぱいで待っている間は店内をぶらついて服とかを見ることができるのです。服が選べない私(→コチラ)ですが、彼女は服が大好きだろうと思い込んでいた私は店内を、当然女性モノを観て回ることを選びます。ところが、彼女、その友人は完全に職業病だったのです。

彼女の職業病は極めてシンプルです。
「服の価値=手間」なのです。

もちろんデザインや生地も大切なのですが、彼女の目線は必ず縫製の難しさ、制作の手間に行くのです。「こんなんすぐに作れるのに高い。」とか「うわっ、これが回ってきたら大変。こういうのってあんまりたくさん作らなかったりするのよねえ。」とか「これかわった縫製。どこがどうなってるんだろ。」とか。服を選んでいるのか、勉強をしに来ているのか。それでも私にはとても勉強になります。単純にコストという考え方からも勉強になります。

人は反応する基準がいろいろあります。それが露骨に表れるものの一つが職業病(癖・習慣)だと思います。私は自分と違うそれを持った人と出会ったとき、ちょっと得した気分になるのです。新しい視点、面白い視点を手に入れる格好のチャンスです。一時期生地屋さんと仲良くしていて、友人に連れられて服を見に行ったりすると必ず手触りに凝っていた私ですが、今後しばらくはそれに加えて縫製をチェックしてしまいそうです。そういうことがちょっと楽しかったりします。
posted by 奥田圭太 at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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