2006年08月11日

早送りしたい人生

最近、歩くことに凝っています。といってもまだまだ三日坊主です。

梅雨が過ぎ去って、カラッとした暑さのときは歩くのも悪くないなと歩き始める前は思います。歩き始めると後悔したりしますが、汗だくになっても今更引き返せない状況に追い込まれます。強制歩きです。歩きの哲学です。そして、歩き終わってから、こんな暑い日は二度と歩きたくないという思いと、想いの外のリフレッシュが体を襲います。

そんなこんなで15分〜30分くらいは仕事間の移動で歩くことを、時間がある日はやろうと思って実践し始めました。

歩いて数分するとまず後悔が襲ってきます。単なる散歩と違って目的地が明確な歩きですから、その目的地までの最短距離を歩きたいという思いがどんどん強くなります。そして、そのあげくが「早送りしたい」です。どうせ歩くだけなのだから早送りにして目的地についてしまえばいい、この苦痛な時間をとにかく早送りしたい、と思い始めます。歩きであれ、車であれ、電車であれ、単純な移動は早送りしたいと思ってしまうことがあります。特に雨の日はそうだったりします。

ですが、この時間というのは捉え方でガラッと変わるものです。

歩いて10分くらいすると、諦めとリフレッシュの微妙な感覚で、周りの景色がぐぐっと見えるようになります。そうすると普段見過ごしていたものや見ていても見ていなかったような当たり前のものが、全身の中を駆け巡ります。さっきまで早送りしたかったものが、逆にスローモーションのように感じたくなるのです。「時間」というものを身体でじっくり感じたいと思うのです。

この「時間を感じる」という感覚は、とても貴重なもののように思います。時間の感じ方は、その気分や様々な要素で変わってきます。ですが、その多くは時間を感じるというよりは、終わってから気づくというものが多いでしょう。意外に速かった、楽しい時間はあっという間に過ぎた、振り返ってみたら速かった、まだこれだけしか時間が経っていないのか、というような。

ですが、時間そのものを身体で感じる機会はあまりありません。身体の中を血が流れていることを感じるのと同じようなものです。当たり前ということで失われていく感覚です。そういう感覚を取り戻すことは大切だと思います。

最近、歩くことに凝っています。そして、思います。

こんな暑い日はもう二度と歩きたくない。
だけど、歩くことは、時間が身体にしみこむ不思議な時間だ。
posted by 奥田圭太 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 会社の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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